2011年12月18日日曜日

「日本型コーポレート・ガバナンスの行方」の背景

前回のエントリ「日本型コーポレート・ガバナンスの行方」を読み返してみると、筆者が守旧派を代表して大杉先生にケチをつけている!と受け取られてしまいそうなので急いで補足。「筆者は市場志向寄りの改革を支持しております!」

今を遡ること十数年前、伝統的日本的企業に勤める筆者は若かったこともあり会社組織の不合理さに嫌気がさしながらも下積みは大事だしと悶々鬱々の日々を送っていたけれど、パソコンそしてインターネットが浸透し始めるやその魅力に取りつかれた。個人が簡単に情報を収集/発信でき、海外とも瞬時に情報をやり取りできるネット時代の到来を目前に控え、日本社会にも大きな変化が起きると確信し、年功序列で成果能力無視の伝統的日本的企業は生き残れない、また自分でもIT革命に寄与したいとの思いで2000年にITベンチャーへ転職した。

このIT革命が進行した1990年代後半は、バブル経済崩壊を経て日本経済が旧い体質から生まれ変わろうとしていた時期に重なる。フリー、フェア、グローバルを旗印に市場原理導入のため金融市場、会計、会社法制の大改革が押し進められた。市場主義の前提となる個の確立は、インターネットとも相性が良い。これで経済合理性を欠く伝統的日本的経営は淘汰されようやく近代的資本主義経営に「進化」すると期待された。
宮島英昭で言えば「関係志向から市場志向」、山岸俊男なら「安心社会から信頼社会」、河合隼雄では「場の倫理から個の倫理」。今にして思えば、この期待の根底には遅れた状態からの進んだ状態へのキャッチアップという直線的歴史観が暗黙に仮定されていたと思われる。

ところが2011年12月現在。終身雇用、株式持合、部外者を排除する経営姿勢等が相変わらず日本的経営の特徴又は欠点として挙げられている。そして何より驚きなのは「革新的」「グローバル」に惹かれた若者が集まって10年前に生まれたベンチャー企業は、一部上場企業に成長した一方で、いつの間にか他の多くの日本的企業と同じ特徴又は欠点を具備し、他の多くの日本的企業と同じ閉塞感に悩まされるようになってしまったことだ。
だから筆者はこの国の【いわゆる日本的なものが保存される力】の密やかな強靭さを二重に体験したわけで、これを振り返ってそのメカニズムを検証することは「敗軍の将、兵を語る」なのであります(将じゃないけど)。

1990年代からの市場化努力が中途半端にスタックしている日本は何らかの阻害要因によって遅れた状態に留め置かれているのか。そうならどうやって克服するか。あるいはそもそもの目標設定に問題があったのか。

2011年12月16日金曜日

日本型コーポレート・ガバナンスの行方

会社法と金融商品取引法を専門とされるツイッターでもおなじみ(?)大杉謙一先生の「会社法で企業不祥事を防げるか」(以下「大杉論考」)を読んで考えたことを書いてみる。
筆者は一部上場事業会社の管理部門に所属しているので、自ずから企業内部の視点になろう。なお、文中の意見や判断は所属企業に関係なく筆者個人のものである。

もともと会社法の見直しが進んでいる中、測ったようなタイミングで起きた大王製紙、オリンパスの不祥事が重なってコーポレート・ガバナンスの議論が盛り上がっている。大杉論考では法制審議会の議論を意識しつつ二つの改善提案がなされている。「監査・監督委員会」と「役員人事の委員会制」である。
大杉論考が提案する役員人事の委員会制(「新指名委員会」と呼ぶ)は、現行の委員会設置会社の指名委員会(これを「現指名委員会」と呼ぶ)ほど縛りがきついものではなく、「委員会のメンバー構成や意思決定の方法については各社の工夫に任せて良い」から、会社法ではなく上場規則で義務づけても良い、とされている。

経営者が自分で自分もしくは自分の意に沿う後継者を指名することは経営トップへの「権力の過度の集中」と見なされ、新指名委員会方式が提案されているのだろう。
ところで経営トップを含む取締役が社内から昇進してくることが日本企業の伝統的特徴である。伝統的かつ現在も受け継がれている慣習には、それが存続している意味がある。経営者が社内から選抜される制度は長期雇用と結びついて組織「内部」のコミュニケーションを著しく効率化しコーディネーション・コストを低下させるという経済的合理性を持つ。これが日本企業の特徴である。

ということは、この慣習は短期的にすぐに変わりそうにない。
こういった我が国の組織行動・文化を前提としたとき、どのようにして経営者以外のメンバーが経営者の意向を排除して適任者を選べるだろうか。
現行の委員会設置会社の制度が目指したように、アメリカではそれがワークしている、という反論があろう。だがアメリカでは経営者市場があり「外」からつれてくることが可能だ。経営者市場は成果主義で任期が保障されない反面、報酬は著しく高額である。また経営者は修士、博士の高学歴が多く経営の基本プロトコルを共有しているために業種に関わらず行き来が可能で、それを支えるのがMBAなどのビジネススクールに代表される教育インフラだ。また会社組織も短期間で経営者が成果を出すため、経営者に強い裁量が与えられているし(例えば従業員の解雇)、従業員も企業特殊的スキルではなく一般的スキルを磨いて転職を厭わない。それが日本のような企業毎でない職種毎の労働組合にも反映されている。

日米比較を書き連ねたのは、会社制度が社会・文化と密接に結びついた相互補完的なものだと言いたいからだ。目についた良いところだけ持ってくるとか、悪いところだけを削るとか、簡単にはいかないのである。経営者選任について言えば、アメリカではモジュール化、日本では長期雇用+内部昇進でコミュニケーションを確保しコーディネーション・コストを低減している。(注1)
こう考えてくると、新指名委員会は経営者を「外」に求めるのか「内」に求めるかによって発揮する機能と課題が変わってくるだろう。

「外」の場合、今まで導入が進まなかった現指名委員会とどこが異なるのか?
また「外」の場合は欧米式推進となるが、欧米を範として日本企業も変わるべきというなら前述の相互補完性をどう考えどう対処するのか。
「内」の場合、新指名委員会はどうやって経営者の意向を排除しつつ内部から適任者を選抜するのか。伝統的日本企業において彼氏彼女の最大の強みは長年の勤続で培った企業特殊的コミュニケーション・スキルであり外部からの評価は難しいだろう。

オリンパス騒動において、(財テク失敗の損失隠しはいったん横において)買収に絡む不自然な価格付けや手数料支払いについてコーポレート・ガバナンス上の問題だったのは、経営トップが「不自然ではあるが形式的には違法とまでは言えない」トランザクションを強行しようとするときにどう対応するかだ。経営トップに対峙することが最も期待されていたのは法が与える権限も併せて考慮すれば大杉論考も指摘するように監査役であろう。では仮に新指名委員会方式でより使命感の強い監査役が指名されていたとして、どう状況が変わったであろうか? 経営トップが「違法じゃないやん、ええやん」と言って開き直ったとき、どう対処すれば良かったのだろう?

このコンテクストで、アメリカでは社外取締役が取締役会の過半数を占めており、また社外取締役は現役の他社経営者が多いということの意味が明瞭になってくる。前者はいつでも経営トップを解任できるという経営者への強い規律付け、後者は経営判断の妥当性判断(現在の我が国の議論と異なり、社外取締役は会計の正確性や適法性の厳密な判定を求められていない)を担保している。
経営の妥当性となると(他社の)現役経営者である社外取締役が「その手数料、高すぎるやん」と言えるし、自分自身も株主に対して説明責任を負い経営者市場での評価もあるから、「説明できんなら承認できんわ」「これ以上わからんこというならクビ」と言える。
経営者に大きな権限というエンジンを与える一方、よく効くブレーキを装備ということだ。

アメリカのシステムはよくできていると思うけれど、エンロンしかりMFグローバルしかりでやはり不正は起きる。というか大規模な不正で監査法人が消滅したりと、ネガティブな面でもスケールが違う。アメリカ型に完全追従したところで不正の起きないガバナンスが手に入るわけではない。
では、社外取締役が極めて少ない日本企業におけるエンジンとブレーキはなんだろうか?

話が大きくなって恐縮だが、現在の会社法制改革は英米式市場主義(市場志向)と我が国の伝統的な組織観(関係志向)を両端に持つスペクトラムのどこを目指して制度設計しようとしているのか、という点が不明瞭だと思う。会社法制というより日本社会について、と言うべきかもしれない。あれはアメリカから、これはドイツから、そこは日本独自で、という寄せ集めは良く言えば柔軟で日本らしいけれど、全体最適化の視点がないと現場は混乱するばかりで効果が十分に発揮されない。
同様に、会社法制のよって立つ理念は会社法以外の法律や制度とも整合性を保つべきで、例えば開示強化や四半期業績重視(市場志向)、解雇規制や一定年齢までの雇用義務付け等(関係志向?)も一貫性を持って説明されるべきだと思うのである。


(注1) 2011年12月15日付日刊工業新聞は、社長公募で話題を呼んだユーシン社で外務省現役官僚だった候補者が本年5月に入社したものの、既に社長になることなく退職が決まったと伝えている。拙速な一般化は慎むべきだが日本企業で外部から経営者を招く難しさを示唆しているようだ。

<参考文献>
青木昌彦著、谷口和弘訳『コーポレーションの進化多様性』NTT出版,2011
神田秀樹他編『コーポレート・ガバナンスの展望』中央経済社,2011
中根千枝『タテ社会の人間関係』講談社,1967
宮島英昭編『日本の企業統治』東洋経済新報社,2011
リチャード・N.ラングロワ著、谷口和弘訳『消えゆく手』慶応大学出版会,2011

2011年12月5日月曜日

オリンパス騒動 臨時株主総会?

川井先生がブログ「ウッドフォード氏、取締役辞任。委任状争奪戦へ?」でウ氏がオ社臨時株主総会開催を請求した場合のシナリオについて検討しているのを読んで、実務面でちょっと気になった点があるので派生記事(?)を書かせていただこう。

筆者の私見ではウ氏の狙いは現経営陣に揺さぶりをかけて自発的な辞職および臨時株主総会での新経営陣選任を迫るもので、実際に自ら臨時株主総会を請求する可能性はゼロではないにせよ、高くないと思っている。委任状争奪戦、いわゆるプロキシファイトについても同様。ついでに言えば、「自分以外の取締役はクロだから全員辞職せよ、ただし私は社長に戻る」というウ氏の主張はあまり説得力がなく上手な戦い方とは思えない。

ところで会社法297条はある条件を満たした大株主が臨時株主総会開催を請求し、会社がその請求から8週間以内の日を株主総会の日とする招集通知が発送しない場合には、裁判所の許可を得て自ら臨時株主総会を招集することができる、と定めている。これは臨時株主総会の開催には8週間もあれば十分、という認識が背景にあるのだろう。

臨時株主総会を開催するには以下の手順が必要である。
1) 取締役会で基準日設定
2) 官報・日刊新聞紙掲載申込、または電子公告の場合は電子公告調査機関への申込
3) 基準日公告(基準日の2週間以上前)
4) 基準日
5) 株主名簿の株主確定+発送準備(3~4週間)
6) 招集通知発送(臨時株主総会の2週間以上前)
7) 臨時株主総会

大株主から請求を受けたその日に取締役会を招集開催して基準日設定したとしても単純合計で7~8週間かかり、8週間以内に開催するのは難しい。しかも法に定める2週間前の招集通知発送では海外投資家の議決権行使が困難なため、特に外国人持株比率が高い会社は3週間前を目安に招集通知発送前倒しを心がけることを勘案すれば、会社法297条が要求する「請求から8週間以内を期日とする株主総会招集通知発送」は実現困難な規定といわざるを得ない。

念のためちょっと確認。
証券代行業務最大手の某信託銀行の担当者は匿名を条件に(笑)「確かに実際には難しいし、自分の知る限り上場会社が会社法297条の規定に基づき、大株主の請求から8週間以内に臨時株主総会を開催した例はない」とのこと。
四大法律事務所(最近は五大?)の弁護士先生は「仮に大株主がその点を理由として自らの招集を請求しても(早まるどころか余計に遅くなるので)裁判所が認めないだろう」、「公開会社を想定していない規定かもしれない」とのコメントでした。
ま、実務上はあまり問題にならないのかもしれませんね。

<オリンパス騒動へのインプリケーション>
ということで、もし可及的速やかに臨時株主総会を開催するとしても来年3月頃。新経営陣候補者を選ぶ時間を考えれば、またその前提となる経営刷新の方針が関係者に合意承認され、それが新経営陣候補者選定に反映されるべき点を考慮すれば、もう少し時間が必要だろう。そうなると臨時株主総会は4月、5月にずれていく。6月には定時株主総会があるわけだから、なにもその直前に拙速に臨時株主総会を開くことはあるまい、となるのが世の常、な気がする今日この頃なのである。

でわ。

※ 2011年12月6日 <オリンパス騒動へのインプリケーション>追加

2011年11月17日木曜日

オリンパス騒動 追加情報開示(2011年11月17日)

オリンパスが追加情報を開示(20111117日付「過去の損失計上先送り及び第2四半期報告書の提出に関する追加情報について」;以下「資料」)。昨日開催された金融機関向け説明会の資料でありその概要は既に報道されていてサプライズはないけれど、気づいた点をいくつか。

以前のエントリ(例えばオリンパス騒動 西部戦線異常あり?)で指摘したように、暖簾(のれん)に計上されている優先株買取の値上がり分$418M 20113月末現在,資料p.26)はやはり資産性が認められず費用処理されそう。ただし注意書きを見ると、大元の先送り損失を過去に遡って認識するようだから、この暖簾から費用に振り替える処理は今期ではなく過年度訂正に含まれることになりそうだ。その場合、300億円以上の損失が今期の損益には反映されず、ダイレクトに純資産が同額減少することになる。

最大の懸念だった、これ以外の暖簾費用処理が発生するかどうかについては資料を見る限り現存暖簾のほとんどがGyrus社であり、その資産性については変更なし、即ち追加の損失は発生しないとオ社は見ているようだ。20119月末のGyrus社の暖簾見込が1,204億円、もし上述の優先株買取分を差し引いて費用化すれば暖簾残高は900億円を切るので、伝え聞くとおりGyrus社の業績が比較的順調なのであれば、また20083月期のGyrus社暖簾が1,683億円だったことを考え合わせれば、この見込は希望的過ぎるとも言えない気がする。もちろん、最終的には新日本監査法人の判断次第。

現在遅延中の第2四半期報告書を期日の1214日までに提出するとのことだから、この点での上場廃止は遠のいたと言えるだろう。ただしそれとは別に虚偽記載等を東証がどう判断するかについてはなお予断を許さない。
また時節柄、反社会的勢力との関係などが出てくると一気に状況はオ社にとって厳しくなるだろうが、資料において明確に否定している(p.5)。
連結有利子負債も20113月末現在で6,488億円と高水準だが、これも頑張って返済を進め圧縮するとのこと(p.32)。

過去10年で一千億円を超える先送り損失を処理し(普通はこれができなくて破綻するんですが)、これからなお残る巨額の暖簾を償却しながら有利子負債を削減していくとは働き者の本業である。虐げられ搾取されているけど文句を言わない寡黙な良い子、みたいな。もちろん予定は未定ですから見込どおりうまくいくとは限りませんけれど。

2011年11月11日金曜日

オリンパス騒動 自白以上 決着未満

オリンパスが疑惑のGyrus社と国内3社買収(「本件買収等」)について抗弁をあきらめて不正を自白した(2011118日付「過去の損失計上先送りに関するお知らせ」)。それ以来、今まであんなに静かだった国内マスコミが大騒ぎを始め、筆者を含む一部のクラスタでは今さら感が盛り上がっている(下がっている?)今日この頃。

オ社が自白する前から本件疑惑は資金移動の手段であって目的は「何か」への対処だと主張していた筆者としては密かに鼻高々であるが、前向きに生きる限り過ぎたことは忘れてこれからに思いを馳せなければならない。

オ社が不正を認めたとはいえ、真相は未だ明らかになっていない中で、報道されている論調に違和感を感じる点を含め今現在思うところを記しておきたい。

<オ社が認めた内容を前提にすれば>
  本件買収等は既に生じていた過去の含み損処理であって、新たな損失を会社にもたらすものではない
  従って本件買収等支出の損害賠償を求める株主代表訴訟は成立しない
  過去の含み損がすべて処理されたのであれば、不正会計による追加損失は生じない
  従って(過去はともかく)現時点の株価は本件買収等で歪んでいない
  ただし不正会計とは別にのれんの減損はあり得る
  少なくとも優先株買取でのれん計上したという$443Mの資産性は疑問
  上場廃止は重要な問題ではあるが、事業継続の観点ではクリティカルではない

ちなみにオ社は2008年度から2011年度の4年間で、のれんを合計1544億円ほど損失処理している(有価証券報告書より)。これは報道されている過去の損失先送り額とほぼ同等であり、先送りしてきた損失をすべて処理したという見方と整合的である。
もう一つは、本年のウッドフォード氏の社長起用である。何度も指摘してきたように、一連の本件買収等スキームでは機関決定や開示等の「外観上の手続適正性」に非常に気を配っている。もし2011年以降に本件買収等のような過去の不正処理を行うとすれば取締役会決議は避けて通れず、そうならわざわざ文化的部外者のウ氏を取締役会に招き入れることはない。たぶん菊川氏は「うしろめたい過去の処理は済んだ」と考えてウ氏を抜擢したのだろう。そこにはビジネスをグローバルに発展させる意図も含まれていたのかもしれない。

本件買収等で捻出した資金がすべて過去の損失処理に使われその処理が完了したのであれば、本件買収等の支出も既に損失処理されているので、20113月期の損益は正しく表示されていることになる。となると虚偽記載によって株価が不当に高く維持されたという歪みは存在せず、投資家は虚偽記載による損害を受けていない(ブランドの毀損は別)。かつて山一証券が損失を隠しきれない、処理できないで自主廃業に追い込まれたのとはそこが異なる。
それ以外に追加の損失は出ないのか。たぶんそこが現時点の最大のポイントだろう。本件買収等についてはほとんどが損失処理されているようだが、のれんに計上されたという優先株買取の値上がり相当分$443Mは資産性に疑問があり追加損失となる可能性が高い。残りののれん1300億円相当の資産性がどう判断されるか、第三者委員会、いや新日本監査法人の判断次第である。

こう考えると、過去の重大な虚偽記載事例と区別なく騒ぎ立てる報道には違和感を覚えなくもないのである。もちろん第三者委員会やその他の捜査でより重要なネガティブインパクト、例えば公表事実以外の損失、本件買収等に関する法令違反やコンプライアンス違反が発覚する恐れがあるから、楽観視してはいけない。

2011年11月6日日曜日

オリンパス騒動 コーポレート・ガバナンス(社外取締役編)

ところでオリンパスのコーポレート・ガバナンスはどうだったのか。
気になる取締役会構成を見てみると201111月時点で取締役人数は15人、うち社外取締役は3人であるから、会社規模を考えれば日本企業としては進んでいる方と言えよう。遅れていると評される伝統的/典型的日本企業の取締役会は人数が多く、社外取締役がいないか、いても1人だ。

社外取締役導入で進んでいたオ社がこのような問題を起こすと、「社外取締役を導入すれば日本企業のコーポレート・ガバナンスは向上する」という主張はどうなっているんだ、という疑問が生じるのが道理である。
筆者は常日頃、お仕事を通じてコーポレート・ガバナンスにおける社外取締役の有用性を理解しているつもりなので、オリンパス騒動で「社外取締役なんて不要説」が盛り上がらないように先手を打っておきたい。

まず3社買収(株式買増し)を決定した20082月の取締役会において、当時の社外取締役は(なんと!)1999年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・エー・マンデル氏と元通産省及び元資源エネルギー庁長官の豊島格氏の2人である。この2人が当該取締役会に出席したかは明らかではないが、仮に出席していたとして3社の買収について経済学者と元官僚にとって会社から配布された乏しい資料で、かつ形式上は第三者の算定書のエンドースがあると言われれば反対することは難しかったであろう。さらに会計面は監査法人が事前であれ事後であれ責任をもってチェックするという期待が一般に取締役に存在する。
そもそも社外取締役に期待されているのは、厳密に言えば取締役会の中で少数派にとどまる社外取締役に期待されているのは、プロセスの適正性担保である。限られた情報ではあるが一連のオ社の社内手続を見る限りプロセスの外観上の適正さ確保にはかなり気を使っており、それは彼ら社外取締役がいたからこそと言えるのかもしれない。

次に20103月に$620Mで優先株を買取りすぐに支払うことを取締役会で決議した時、社外取締役は3人だった。藤田力也氏(医師,病院院長)、林純一氏(元野村証券,アイ・ティー・エックス監査役)、千葉昌信氏(元日経新聞,元日経BP専務取締役)である。この3人も当該取締役会に出席していたかは明らかではないが、出席していたとして話を進めよう。まずM&Aにからむ優先株の買取となれば元野村証券の林氏の経験を活かした厳しいチェックを期待したいところであるが、林氏が監査役を務めているアイ・ティー・エックス社はオ社の子会社であり、従って林氏はオ社グループの役員なのだから独立した立場で監督ができるのか疑問がある。会社法の規定上、子会社の取締役は社外取締役になれないが、監査役はokという取扱いに問題はないのか。
藤田氏は医師であり病院関係者だからオ社の本業と密接な関係があると推測される。実際、オ社は藤田氏が理事長を務める財団法人に寄付をしていたことを2007年の訂正報告書で報告している。これについても子会社役員同様、会社と取引関係等がある組織からの取締役は社外取締役に含めるべきではないという会社法を巡る議論がある。
千葉氏については独立性について一見問題がなさそうに見えるが、千葉氏が20116月に社外取締役を退任した後、同じく元日経、元日経BPの来間紘氏が入れ代わりで選任されているところを見ると、これはオ社と日経グループとの何らかの関係に基づく選任と疑われても仕方がない。となるとやはり独立性を期待できないのは前述の千葉氏と同様である。

ちなみに齋藤(2011)によれば、日本がその後を追っている米国で最も一般的な社外取締役は他社の現役経営者であり、米国のみならず欧州各国を含めて取締役会の過半を社外取締役が占めることが多いという。他社経営者が選ばれるのは形式の適正性だけでなく議題の中身、具体的には投資計画の妥当性やリスク回避策等にまで立ち入って判断することが期待されており、また取締役会の過半を占めるのはいつでも経営陣を更迭できるという現実のプレッシャーを持つことが重要であることを意味している。
まぁ、逆に日本の現状とは離れすぎていて、それゆえ日本企業がこの方向性(欧米型取締役会導入)を警戒し過敏になっている面がなきにしもあらず。それにこの欧米型取締役会構造の背景にあるのは、プロとしての経営者市場、それを支える高額報酬、経営の共通言語としてのMBA等の教育、などなど他の制度や習慣と補完的なシステムなので、そう簡単に一部だけ取り入れることはできないのだ。「だから日本社会全体の変革を、、、」云々は神学論争になるのでここでは立ち入らない。

オ社取締役会は2008年の時点では、経営者ではないにしろ独立性という意味では問題がなかった元官僚、著名経済学者を擁していたのに、2010年時点では人数こそ2人から3人に増えたものの、3人全員が会社との独立性が疑われる状態に劣化していた。
このガバナンス劣化が同時期に進行していた疑惑の買収等に絡んで経営者によって意識的になされたものかどうかはわからないが、仮にもしそうだとしたら社外取締役推進派には朗報だ。なぜなら

たとえ他社経営者(プロ経営者)ではなくても独立した社外取締役の存在は形式面の適正性担保として機能するだけでなく、その存在のもとでは不合理な案件を押し通しにくいので不合理な案件を予期する経営陣は社外取締役の独立性を緩めるインセンティブを持つ。従って社外取締役の定義を厳しくし実質的な独立性を確保することがコーポレート・ガバナンスに有効

という格好の事例になるからである。

今日の教訓:
コーポレート・ガバナンスに社外取締役が無意味なのではない。むしろ実質的独立性確保を強化すべき。

<参考文献>
齋藤卓爾「日本企業による社外取締役の導入の決定要因とその効果」宮島英昭編『日本の企業統治』東洋経済新報社,2011

20111109日 一部加筆

2011年10月31日月曜日

オリンパス騒動 頑張れ東証(開示編)


WSJ20111029日付「東証社長、オリンパス第三者委の人選を注視)によれば、東京証券取引所の斉藤惇社長は28日の定例記者会見でオリンパスの第三者委員会の設置について「選ばれた委員の多くが経営陣寄りだった場合、株主代表訴訟になる可能性がある」と指摘したという。それはその通りなのだが株主代表訴訟は会社法に基づく一般的な制度なので東証の社長がわざわざ言及するまでもない気がする。東証には資本市場の重要な担い手としての役割を果敢に果たしていただきたいところだ。
東証は(上場審査途中でもない限り)経営について直接調査することは難しいが、上場会社に対して開示という武器がある。常々「コーポレート・ガバナンスは説明責任がキーである」と自説開陳しているわけであるが、実際に適時開示実務はこの説明責任を担保する手段としてけっこう効いている、というのが企業の中の人としての実感である。

ということで今日は開示で考えてみる。
第一に、問題視されている3社の買収で過去の開示が不十分だったのは、東証の開示基準にも原因がある。子会社の異動を伴う事項に関する東証有価証券上場規程第402条第1qによれば、子会社の規模に関するクライテリアとして総資産が親会社の連結純資産の30%、同様に売上高、経常利益、当期純利益、資本金の項目が続く。
今回の問題の買収ではこれらのクライテリアを超えない小規模の会社を選んで非常に高い評価額で買うことによって開示を避けているようだ(注1。再発を防ぐためには、当該子会社への累計投資額も基準に加えれば今回のような開示忌避はできなくなる。東証は、この累計投資額に関連手数料も含めた上でこれが一定額以上の子会社についてはのれんと償却についても開示を義務付けることを検討してはいかだだろうか。

次。
20103月に実施された$620Mという巨額の優先株買取は開示事項に当らないのだろうか。
東証有価証券上場規程第402条第1qによれば「子会社等の異動を伴う株式又は持分の譲渡又は取得その他の子会社等の異動を伴う事項」は直ちに開示しなければならない。重要性のクライテリアは上述の通り。
オ社取締役会で優先株買取が決議されたのは20103月だから直前期の20093月期有価証券報告書を見ると連結純資産は1,687億円。前年の3,678億円からほぼ2,000億円も激しく減少しているのは今般の騒動で問題とされている買収の減損処理が一因だ。1,687億円の30%506億円。優先株の取得価額(値上がり分ではない)である$620M20103月末日のレートで576億円。はい、超えてますね。
しかしこの優先株買取は「ジャイラス社の完全統合を目的とした株主権の買取」ではあったものの、子会社の異動には当らないのでこの規定は該当しない。

それでは東証有価証券上場規程第402条第1r「固定資産の取得」はどうだろう。重要性のクライテリアは同じく連結純資産の30%だからこれも超えている。ところがよく読むとこの固定資産は会計上の定義ではなく法人税法の定義に基づき「固定資産 土地(土地の上に存する権利を含む。)、減価償却資産、電話加入権その他の資産で政令で定めるものをいう」(法人税法第2条第22号)となっており、有価証券である優先株は含まないからこれまた開示対象外。

素晴らしく開示基準を回避しておりますね。まるで最初から狙ったみたいに。

しかし、法には立法趣旨と言うものがある。東証開示規定にしても子会社や実物資産に対する重要な投資が開示対象となるのだから、子会社(Gyrus社)に関連する追加の支出も重要性がある場合には開示されるべきだろう。東証はこの点についても必要な改正を考慮すべきである。

最後。
包括的な定めとして、金商法第166条第2項第8号の「子会社の運営、業務又は財産に関する重要な事実であつて投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」も開示対象である(会社情報適時開示ガイドブック20116月版)20103月に行われた「ジャイラス社の完全統合を目的」として行われた株主権の買取が$620Mと評価されるほど重要なものであったなら、具体的には前回のエントリで指摘したとおり1)有利な配当付債券と2)重要事項拒否権が$620Mという重要性を持つものであったなら、その買取は「子会社の運営に関する重要な事実であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」として開示されるべきだっただろう。更に言えば、それらが200810月にサイドレターで追加的にFAに付与された時点で(ウ氏主張「ウ氏資料」参照)開示されるべきだったのだ。

従って東証は自身の問題として、オ社が開示ルールに違反していた疑いを追及すべきではないだろうか。


2011113日追記
(注1この見方を裏付けるように、WSJ2011111日付「オリンパス買収の3社、当初休眠状態だった 信用調査などで判明」でこれら3社はオ社が投資するまで、ほとんど事業実績がなかったことを報じている。開示回避のためには規模の小さな会社のほうが望ましく、また巨額の投資対象にするためには以前から存在する会社の方が説明しやすい。もっとも3社のうち1社は(手当がつかず?)直前に設立されたようだ。

2011年10月28日金曜日

オリンパス騒動 西部戦線異常あり?

オリンパス騒動のような企業を舞台にした疑惑について、「望ましいのにそうしなかった」、とか「通常はこうするはず」という攻めはあまり意味がない。例えば、
・大きなM&Aには大きなFAや会計事務所を使うことが「望ましい」
FA報酬は「通常は」そんなに高くない
・第三者委員会の結論を得る前に新社長が断定的な発言をしないことが望ましい
などなど。
これらの他者に対する期待は我々日本人にお馴染みの空気を読む文化によって当事者を拘束している間は有効だが、当事者が「いや、これで良いのだ」と開き直ってしまったときには意味をなさない。
この文脈で今般のオリンパス騒動における会社側というか経営陣は、批判を浴びている割には致命的な攻撃を受けることなくうまく持久戦に持ち込んでいる。

攻め手が有効な打撃を与えるには抽象的な空気の話ではなく、「ルール違反」と「ロジック破綻」を攻める必要があるのだ。

前置きが長くなった。オリンパス騒動で疑惑を攻めるならどこだろう?
オ社は20089月に発行された$177M相当の優先株を20103月に$620Mで買い取っており、結果的に$443Mの売却益をFAに与え、同時に$443Mはのれん計上された事実には争いがない。一見過去の買収とは直接関係のない優先株買取の値上がり分支払いがのれんとして認識される理由は、昨日のエントリ「オ社追加情報開示」のとおり「ジャイラス社を当社の100%保有とすることを目的とした株主権の買取りである」からだという。

あれ? 100%子会社にするのは2008年に決定された方針であって、そのためにストックオプションと交換に優先株を発行したはず。2008年の時点で、後に改めて100%支配のために高値で買い取らざるを得なくなるような優先株を発行したのがおかしい、という指摘は報道や各ブログ等でお見かけする。この点に対して予想される経営陣の反論は「いろいろ事情があって現金での支払いを避けるため、債券の働きをする優先株を発行した。現金流出を避けたのはオ社の利益にも適う」だろう。実際、オ社開示でも「10%期待配当の永久価値」と表現されているのでこの優先株には無期限で10%配当が約束されていた。これで議決権がなかったなら(この点については情報がないけれど、そうでないと説明がつかない)、実質は債券だったので100%保有方針と相反するものではなかった、という説明も成り立つ。

ふむ。ならばどうして$177Mの債券相当として発行された優先株が1年半後の20103月に3.5倍の$620Mになったのか。オ社開示資料「ジャイラス社買収(株式オプション買取)の経緯」によれば$177Mの元本が、
1)10%の永久配当で+$265M
2)なんらかのプレミアムで+$178M
の評価によって合計$620Mになったようだ(計算では$632M)。
1)は上述のとおりだが、2)の説明が見当たらない。

ここで参考になるのがウ氏情報。ウ氏資料によれば、2008930日に発行された優先株に対し2008103日オ社サイドレターにてAXAMに重要事項の拒否権を含むGyrusrights of controlを付与したという。また買取価格の交渉においては、重要事項拒否権と大きな配当率によるコントロール・プレミアムが考慮されたという。
ということはオ社資料には直接の記載がないが、オ社が優先株に付した重要事項拒否権というコントロール・プレミアムが短期間の値上がり要因の一つだったことになる。

ところで、思い返せば100%保有方針決定後だったゆえ他社に経営関与させないよう議決権なしの永久配当つき債券ライクな優先株を発行したはずだった。だが、重要事項拒否権は重大な経営関与事項。これを100%保持方針決定後に他社に付与するのは明らかに矛盾する。しかも1年半後にそれを「100%保有とすることを目的とした株主権の買取り」という名目で、しかも3.5倍のお金を払って買い戻すことは到底説明がつかない。
このアレンジは当初から高値での買戻しを意図しており、発案者はその経営関与にまつわる矛盾に気づいていたのかもしれない。だからこそウ氏資料のとおり、当初の優先株式引受契約ではなく3日後のサイドレターでひっそりと隠すように行われ、オ社開示には含まれていないのだろう。

さらにone more thing。ここまでの検討でわかるように、$177Mだったはずの優先株が$620Mに跳ね上がったのは1)配当と2)重要事項拒否権によるコントロール・プレミアムだった。ところでその二つの要因は優先株発行の3日後には成就していた、即ち当該優先株は発行のわずか3日後にはオ社経営陣自らの手によって3.5倍($443M増加)に値上がりしていたのである。もとから$177Mではなく$620Mの優先株を発行したのと同じだ。$177Mのストックオプションと引き換えに$620Mの優先株を渡したのだ。
これらは株主の財産を預かり株主に対して忠実義務を負う取締役の責務からの逸脱だろう。

優先株発行の説明が揺らぐと、その買取に伴ってのれん計上された$443Mの正当性も再検討が迫られるかもしれない。

2011年10月27日木曜日

オリンパス騒動 オ社追加情報開示

昨日26日、会長兼社長だった菊川氏が代表権を返上して一取締役に退いたのに続き、本日オ社から「当社の過去の買収案件に関する追加情報について」(以下「追加情報」)が開示された。基本的に事実経過はウ氏主張をなぞるもの、あるいは既に報道されているもので新味に乏しいという評価もうなずけるが、それでもよく読むとなかなか興味深い点がある。

【ポイント1】
フィナンシャル・アドバイザー(FA)がストラテジックコンサルタントに変わってる

20111019日付 「一連の報道に対する当社の見解について」では問題の巨額手数料支払先について、Gyrus社「買収におけるフィナンシャル・アドバイザー(以下「FA」)への支払いについて」と明確にフィナンシャル・アドバイザーと記載されていたのに対し、追加情報では「ストラテジックコンサルタント」に変わっている。
これは、1)FAとしての手数料が高すぎる、2)FAが対象企業(Gyrus)のストックオプション(後に優先株)を報酬として受け取るのがおかしい、という批判をかわすためと思われる。1)は業務内容がFAとは異なるのでFA報酬の相場を当てはめるのは適切ではない、だから報酬が高くても適切だというロジック。2)は買い手側(オ社)の立場に立つべきFAが買収対象企業のストックオプションを得るのはおかしいという批判を、ストラテジックに共同出資を考えていたというロジックでかわすものだ。

そうすると「じゃFAがいなかったのか!」とのツッコミが想定されるため「(Axes社への支払いは)一般的ないわゆるFA業務に対する報酬のみに留まらず」と記載することによってFAを兼ねていたこともさりげなく主張している。

うーん、考えましたね。

【ポイント2】
FA手数料が$687Mではなく$244Mであり過大とは言えない点を強調し、優先株買取の値上がり分$433Mはのれんに計上

これはまさに前回のエントリ「疑問編2 FA手数料高い?」で指摘していた問題。
今まで明確にしていなかった優先株買取と手数料の関係について、優先株を買い取った$620Mのうち取得相当額の$177Mを引いた値上がり分$443Mは手数料ではない!と明確に主張。これによって手数料は$244Mでなんとか説明できる範囲に抑えたものの(それでも高いですが、FA業務に留まりませんので。はは。)、その反射的効果として値上がり分$443M の支払いはGyrus社買収と直接関係ないトランザクションとなり、Gyrus社買収に係るのれんに計上することはできなくなる、、、はずだったが、「買取金額620百万米ドルと発行価格177百万米ドルとの差額については、ジャイラス社を当社の100%保有とすることを目的とした株主権の買取りであるので、のれんに計上しております。」だそうだ。

うーん、考えましたね(再)。
なかなかしっかり攻めどころを見抜いて守備強化しております。
これに対してどう攻めるか、は次回ということで。

2011年10月25日火曜日

オリンパス騒動 疑問編2 FA手数料高い?

Gyrus社買収に関してファイナンシャルアドバイザー(FA)に支払われた手数料は〆て$687M

ウ氏資料内でも指摘されているとおり、こうしたM&A案件の手数料は「高くても」買収金額の1%。ちなみに私が仕事で関わった国内案件では、けっこう手間と時間がかかったものでも手数料は1%の半分をだいぶ下回っている(私が値切ったのだが)。2000億円というGyrus社の案件であれば1%20億円が上限だったはずだが、実際に支払われたのは$687M(20103月末の為替レートで換算して約639億円)だから、世間の相場上限の約30倍だ(私の相場だとほぼ100倍ですけど)。
従ってこの手数料額は一般的な許容範囲を超えている、と言えるだろう。

ではこの尋常でない額の手数料を支払った経営陣の責任を追及するとどうなるだろうか?
オ社経営陣は「一連の報道に対する当社の見解について」$687Mのうち$443Mは報酬として発行したストックオプション(後に優先株に差替え)$177Mの値上がり分だから報酬額は$244Mだと主張しているようだ。もっともウ氏資料の経緯を見る限りワラント買取の$500Mもストックオプションの$177Mに由来するようなので、そうだとすると手数料は減少して$194Mとなり、むしろウ氏説の方がオ社経営陣にとって望ましい説明のような気がする(2日前のエントリ「オリンパス騒動 まずは経緯の整理」参照)。この$194Mだと買収金額の約10%となり相場の1%よりはるかに高いとは言え、$687M30%超に比べるとなんとなく優しい気分になって攻める気が薄れてしまうのが不思議だ。

仮に公の場で議論したとき、「1%という数字はあくまで相場であって、基準やルールがあるわけではない。10%でも経営陣がそれだけの価値があると判断したのだ」と言い張られたら、法的な責任をそれ以上追及するのは難しいかもしれない。
だが、オ社株主は自ら選任した取締役が大事な会社資産をムダにしなかったか、について立証の必要はなく是か非かを判断するだけで良い。その判断のためには必要な情報と説明を要求するべきで、報道によれば既に海外の大株主がそのような要請を始めているようだ(20111021日付Bloomberg記事)。もし非と判断する株主が多数派になれば経営陣の将来の再任を否決するか、さらに任期途中で解任する選択肢もある。ここでいう多数派は株主の頭数ではなく持株数で決まるのが資本多数決である。

ならば成功報酬としてストックオプションをFAに付与し($177M)、後に4倍近い金額($670M)で買い戻したことに問題はないのか、次回に乞うご期待。

【追記】なぜストックオプション?
次回で書くつもりだったけれど、FAの報酬を対象会社のストックオプションで払うのは珍しい。しかも契約書上で成功報酬の85%、実際には90%を超える極めて高い割合だったからなおさら疑問だ。受け取る側のFAだって、ふつう現金を好むでしょ? わざわざこんなことをするのは手数料が過大になるのを防ぎつつ別名目で資金を動かせるように、これらのストックオプション(後にワラント、優先株)に値上がりの余地を残し後に高値での買戻しを当初から意図していたのかもしれない。
だとすれば、オ社経営陣は最終的にオ社が買い戻した値上がり分の$443M(ワラントを含めれば$493M)については、もう少し声高に「報酬ではない!」と主張するのが道理だが、「一連の報道に対する当社の見解について」における記載は心なしか控えめだ。

オリンパス騒動 まずは経緯の整理 FA報酬> 経緯 2010331 にあるとおり、この買戻しで$435Mがのれんに計上された、とウ氏は指摘している。それが事実であれば、まったくの推測だが、この$443Mという巨大な金額が当期(買戻しを行った20103月期)の損失になることを避けるため、のれん計上が必要で、そのためにはこれが当該M&Aにかかる手数料であると説明する必要があった。皮肉にもそれは当初このスキームが目指した、値上がりしたストックオプション(後のワラント、優先株)の買戻しによる資金移動は過去の買収手数料とは関係ないという建て付けと矛盾するものだった。ということなのかもしれない。