2011年2月27日日曜日

統合化とモジュール化 二重らせん構造 2

実はファイン(1999)は、1990年代後半、パーソナルコンピュータの分野で統合型のアップルがモジュール型のPC(いわゆるIBM互換機)に敗退したことに言及している。ちょっと長くなるが引用してみよう。

「同社のマッキントッシュはパソコン業界で技術的に傑出した製品になっていた。しかし、アップルコンピュータは、マッキントッシュの主な優位性がハードとソフトのパッケージではなく、OSにあることを自覚していなかった。その結果、同社はその傑出したOSを低品質のハードウェアと一括して垂直/統合構造に組み込んでしまったのだ。一方、IBM互換機を選んだパソコン・メーカーの場合は、サブシステムがそれぞれの分野で厳しい市場競争で優位に立つことによってアップルコンピュータを追い抜いた。結局、マッキントッシュOSはハードウェアが足かせとなり、モジュール化の進展とパソコン市場の競争激化に対応できなかったのである。(*1)」

そしてファインはアップルがモジュール化を受け入れOSとソフトウェアに特化していれば競争に勝っていたかもしれない、と指摘している。

ここでアップルあるいはスティーブ・ジョブズに詳しい人ならパソコンの父、アラン・ケイの
"People who are really serious about software should make their own hardware."
「ソフトウェアを真剣に考えるなら、それに合わせたハードウェアを作るべきだ」
を思い出すかも知れない(*2)。
目指す使い勝手を実現するには一社が統合的に手がけるべき、ということだろう。これもまた一般論としてうなずける。そして実際にアップルはファインの忠告にもかかわらず(?)、現在もこの方針を堅持しているのだ。

激しい技術革新を取り入れるならモジュール化。ソフトを「真剣に」活かすなら統合。
1990年代後半に統合で失敗し、2011年現在統合で大成功しているアップル。
謎は深まるばかり。

(*1) ファイン(1999) P74
(*2) スティーブ・ジョブズがMacWorld 2007で引用

統合化とモジュール化 二重らせん構造

統合化/モジュール化の定義を検討したときに触れたように、「垂直統合」の意味は経済学、経営学のそれと同様である。従って経済学、経営学の垂直統合にかかる知見が有用だと思われる。
ノーベル経済学賞を受賞したコースやウィリアムソンの取引費用論をはじめ、企業の規模と活動範囲については多くの優れた先行研究が存在するが、ここではファイン(1999)に注目したい。

ファイン(1999)はある産業の産業構造が垂直統合と水平分業/モジュール化の間を往復することを指摘し、これを二重らせん構造と名づけている。例えば自転車産業の黎明期である19世紀半ばには小規模ながら垂直統合型企業が主流であったが、その後20世紀にはいる頃には米国で部品メーカと組立業者の水平分業が確立していた。その後、再び組立業者が配送、販売のバリューチェーンも確保して統合化を進めたという。
コンピュータ産業を見ても、もともとIBMが垂直統合で強大な力を誇っていたが、システム/360以降モジュール化が進み始め(*1)、PCの導入を機に水平分業/モジュール化が一気に支配的となった。その後PCの水平分業で覇権を握ったマイクロソフトはOSからアプリケーションソフト、ブラウザ、サーバと統合化を進めた。インテルもまたチップセットの統合化を進めた。

このように(程度の差はあるにせよ)モジュール化はICT産業特有ではなく他産業でも観察されるし、ICT業界においても2000年代後半のアップルを待つまでもなく統合化から水平分業、そして統合化の動きが繰り返されているのである。
いくつかの事例を観察すると、ある産業の黎明期には垂直統合型で始まり、やがてモジュール化されて水平分業化が進行、さらに今度は統合への動きが始まるというパターンが見られる。
その往復運動の原因についてファイン(1999)は、以下のように異なる力が作用すると説明している。

■垂直統合からモジュール化への動き
ニッチ市場への新規参入による競争、組織が官僚的になり硬直化する大企業病

■モジュール化から垂直統合への動き
あるモジュール(サブシステム)が傑出すると支配力を持ち、他のサブシステムを統合する

要するに産業ライフサイクル説の一種であり、うなずける気もするが、疑問も生じる。
1990年代後半、マイクロソフトがブラウザ等に活動範囲を拡大(統合化)する一方でアップルは統合型ゆえに失敗し存続の危機に立たされたのはなぜか。その後も一貫してICT産業においてモジュール化が支配的である続けているのはなぜか。そしてなぜ2011年現在、アップルが再び統合化で攻勢をかけているのはなぜか。

垂直統合とモジュール化の往復運動のどこに我々はいるのか?」


(*1) ボールドウィン、クラーク(2004)

<参考文献>
ボールドウィン、クラーク、安藤晴彦訳『デザイン・ルール』東洋経済新報社 2004
チャールズ・ファイン、小幡照雄訳『サプライチェーン・デザイン』日経BP社 1999

2011年2月26日土曜日

モジュール化の定義 再整理

モジュール化の定義」エントリに書いたとおり、モジュール化の議論の範囲は広い。議論のために少し範囲を絞り込んでみよう。

モジュール型/統合型の観察対象には垂直方向と水平方向がある。経済用語の垂直統合、水平統合と同様の意味である。ここでは両者を区別し、垂直方向の統合化/モジュール化に対象を限定する。具体例を挙げると、iPhoneに通話機能とメール機能があるのは水平統合だから、ここでは議論の対象にしない。iPhoneのアプリはiPhoneとApp StoreとiTunesで垂直に統合されているので、ここでの議論の対象になる。
この結果、多機能(汎用)/特定機能(特定用途)の議論はここでの対象から外れる。それは水平統合の議論だからである。製品内のアーキテクチャを議論したUlrich(1995)、試行錯誤による技術革新を指摘したLanglois and Robertson(1992)の違いは後に大きな意味を持つ(はず)だが、先に進もう。

次に分析対象を特定する必要がある。一口にICTと言ってもiPhoneか、PCか、それともクラウドか。ここではインターネットのレイヤー構造を全体のフレームワークとし、iPhoneやPCをその内部構成要素と考える。

インターネットのレイヤー構造(*1)
   
 
コンテンツ・アプリケーション
レイヤー
 
  
 
プラットフォーム(認証課金)
レイヤー 
 
  
 
ネットワーク
レイヤー
 
  
 
端末
レイヤー
 
   


このフレームワークをベースにアップルのiPodで音楽を楽しむ、という用途を以下に図示する。

アップル iPod
   
 
コンテンツ・アプリケーション
レイヤー
 
iTunes
楽曲購入,管理
  
 
プラットフォーム(認証課金)
レイヤー 
 
iTunes
アップルID認証
クレジットカード決済
  
 
ネットワーク
レイヤー
  
  
 
端末
レイヤー
 
PC
iPod
楽曲購入,管理
音楽再生
   


図中の4つのレイヤーのうち、3つがアップルによって提供されており、かつiPodを使う限りアップル以外では代替不可となっている。これが「アップルが統合的である」と指摘されるゆえんである。一方、谷脇(2008)が指摘するように、ネットワークレイヤー(インターネット接続)にはアップルは関与せずユーザの選択に任されている。また端末レイヤーのPCも同様にユーザの自由である。アップルは通信を持っていないが、Macを販売しているにも関わらずPC部分を統合せずオープンにしている点は注目に値する。

このようにインターネットのレイヤー構造をフレームワークとして垂直構造のみに着目してモジュール型/統合型を分析すると、iPodについてアップルは統合的であるが、完全に統合してはいないし、自社が競合製品を提供しているにもかかわらず統合せずオープンにしている部分が存在することがわかる。これはアップル自身がやみくもに垂直統合を推し進めているわけではなく、統合型とモジュール型それぞれに意味があることを暗示している。


(*1) 総務省 通信プラットフォーム研究会報告書(2009) をもとに若干加筆

<参考文献>
Karl Ulrich(1995), "The role of product architecture in the Manufacturing Firm," Resarch Policy 24
谷脇康彦『世界一不思議な日本のケータイ』インプレスR&D 2008

モジュール化 問題の所在 まとめ

ここで論点を整理。
観察された事実
1)ICTの世界ではモジュール化が他の産業に比べて支配的
2)アップルは1990年代にモジュール化のPCに敗れたにもかかわらず、近年再び統合型製品で世を席巻している

一般に指摘される要因
(A) デジタル化
(B) モジュール化がもたらす試行錯誤による技術革新

上記要因による説明の問題点
観察された事実1)を説明できるが2)を説明できない

論証すべき問題
モジュール化が支配的なICT産業でなぜアップルの統合型製品が売れるのか
ICT産業は今後モジュール化から統合化へ移行するのか

モジュール化 問題の所在

田中(2009)はモジュール化について3つの観察された事実を挙げている。
(A) モジュール化は情報通信の世界で生じた
(B) モジュール化が生じたのは最近30年
(C) 統合型製品を駆逐する圧倒的競争力

そしてこれらを説明できる唯一の原因は見当たらず、1)デジタル化、2)技術革新の促進の組み合わせを有力な要因と位置づけている。モジュール化と技術革新はしばしば指摘される点で、小さく分割されたモジュール単位でベンチャーが参入しやすい、またレゴブロックのように組み合わせを試行錯誤してイノベーションが起きやすいという(*1)。しかしこれらの要因ではモジュール化が進展するだけで、統合型へのゆり戻しが説明できない(*2)。デジタル化は進むことはあっても後退することはなく、技術革新の促進も一般に望ましいことだからである。

ここから筆者の問題意識に切り替えていこう。
上記の3つの観察された事実に加えるべき点がある。それはアップルのiPod, iPhone, iTunesとアマゾンのKindleである。前者はハードとネット上のサービスを結びつけ、後者はハードと通信をバンドルしてコンテンツを販売、表示する。そしていずれのデバイスもネットを通じてサービス提供者によるコントロールが可能になっている(*3)。これらは部分的ではあるが統合型製品である。

モジュール化について4つの観察された事実
(A) モジュール化は情報通信の世界で生じた
(B) モジュール化が生じたのは最近30年
(C) 統合型製品を駆逐する圧倒的競争力
(D) 近年、統合型であるアップルのiPod やiPhone, アマゾンのKindleが売れている

モジュラー化された情報通信の世界で、なぜアップルやアマゾンの統合型製品が席巻するのか。モジュラー化による技術革新の促進は引き続き望ましいのに、統合化でこれを放棄するのだろうか。これまで議論してきた要因だけでは説明できないようだ。
さらに、アップルは1990年代にモジュール化路線のPCに敗退し存続の危機に陥った過去がありモジュール化の優位性を理解しているはずなのに、なぜまた統合化を推し進めているのだろうか?


(*1) 例えばLanglois and Robertson(1992), Cowhey and Aronson(2009)
(*2) 田中(2009)の問題意識は情報通信の世界で統合化への回帰が生じている点にある。垂直統合型の携帯電話の隆盛がその一例とされている。
(*3) ジットレイン(2009)はこれらを「生み出す力を持たないひも付きアプライアンス」と呼びインターネットの懸念と捉えているが、ここではそのようなイデオロギー的意味は持たない。

<参考文献>
ジョナサン・ジットレイン,井口耕二訳『インターネットが死ぬ日』早川書房 2009
Cowhey, Peter and J.D.Aronson (2009), "Transforming Global Information and Communication Markets," The MIT Press
Langois, Richard and Paul Robertson (1992), "Network and Innovation in a Modular System: Lessons from the Microcomputer and Stereo Component Industry," Research Policy 21

2011年2月25日金曜日

モジュール化の定義

モジュール型アーキテクチャーとは、レゴブロックのように独立したサブシステムを組み合わせ全体システムを作る構造であり、そのサブシステムがモジュールである。

と言っても実はなかなか難しい。一つには、モジュール型と統合型は相対的である点。田中(2009)の例を借りれば、機械式時計より自動車はモジュール化されているが、パソコンに比べれば自動車は統合化されている。また分析対象も製品レベル、企業のバリューチェーンレベル、業界レベル等、論者によって異なる。例えばモジュール化の代表としてしばしば取り上げられるPCはCPUとOS等を組み合わせて作ることができる点ではモジュール化と言えるが、最近の筆者を含め(*1)、たいていの人はメーカが提供する完成品を購入するから統合的とも言える。さらにインターネット全体で考えれば、PCはネットワークに接続する端末だからモジュールと言うこともできる。このようにモジュール化と統合化の程度は相対的であり、分析対象設定にさまざまなバラエティがあるから統一的に定義づけるのは困難なのである。田中(2009)で引用されるFixson(2007)の論文名。
"What exactly is Product Modularity? The answer depends on who you ask,"

まあそうは言っても定義が必要ということで、ここでは藤本他(2001)をベースに、
1) インターフェースのルール化
2) インターフェースの集約化(機能分化)
3) インターフェースの公開
とする。

1)インターフェースのルール化は例えばネジ穴の大きさやコンテナの大きさを規格化すること。2)の集約化とは例えばPCで計算処理はCPU、画像処理を担当するがグラフィックチップ、昔で言えば音を出すのがサウンドカード(*2)、という具合に一つの機能に一つのサブシステム(モジュール)を当てはめること。例えば自動車のサスペンションは安定性と乗り心地という二つの機能を担当するので、この観点ではモジュール化の程度が低い、となる。3)の公開とは例えば誰でもPCのUSBインターフェースを使う機器を開発販売できる。無料かどうかは問わない。

(*1) 1990年代前半には秋葉原を徘徊してPC自作しておりました。懐かしいあの頃
(*2) 自作PCの話が出たらサウンドプラスターに触れないわけにはいかないだろう

<参考文献>
田中辰雄『モジュール化の終焉』NTT出版 2009
藤本隆宏・武石彰・青島矢一編著『ビジネス・アーキテクチャ』有斐閣 2001

2011年2月13日日曜日

モジュール化考察 再開

モジュール化/インテグラル(統合)とアップルの戦略について昨年9月に問題提起してから早や5ヶ月。むろん筆者とてその間手をこまねいていたわけではなく、iPhone4を買ったりAppleTV導入に四苦八苦したり、猫がゴムを腸に詰まらせて手術を受け保険なしの悲哀を思い知らされたりしながら、沈思黙考を続けていたのである。

時は満ちた。
これからICTとモジュール化の謎を解き明かしていこう。答えが白日の下にさらされた暁にはアップルの戦略をめぐる論争にも終止符が打たれるであろう。たぶん。