2011年1月29日土曜日

先行者優位を考える‐クックパッドと楽天レシピ

CNET Japan が、レシピ投稿サイトの老舗クックパッドを後追いの楽天レシピが猛追しており年内には逆転か、と伝えている。

http://japan.cnet.com/news/business/20425484/

楽天レシピが投稿者に楽天のポイントを付与していることもあり、先行した中小企業を大手がカネと力に任せてつぶしにかかる、という構図が見て取れる。と言いたいところだが、ちょっと待って欲しい。ネット業界は先行ベンチャーが既存大手を振り切って勝利することがきでる、と喧伝されていたのではなかったか?

「オンラインオークションはクリスティーズやサザビーズ(筆者注:既存オークション大手)が始めてもおかしくなかったが、ベンチャーのイーベイが始めて今に至る(注1)」わけだし、アメリカで覇権を握ったイーベイも日本では先行者のヤフーオークションに勝てず2002年に撤退している。

このようにネット業界は大手だから勝てるわけではなく、一定の顧客ベースを獲得した先行者がその地位を継続できることが多い。その傾向が強いからこそ多くのベンチャー企業が成功の先行事例となり、今も成功を目指す多くの起業家をひきつけ続けるわけだ(注2) (注3)。

ネット業界で顧客獲得における先行者優位が強く働く理由を考えてみよう(注4)。
ネットワーク外部性(network externality)を言い表したメトカーフの法則は「ネットワークの価値は顧客数の2乗に比例する」という。だから同時期に創業したベンチャーAがベンチャーBの2倍の顧客を獲得するとそのサービスの効用は4倍になる。新たな顧客は4倍の効用を持つAを選ぶからますますAとBの顧客数に差がつく。顧客数に10倍の差がつくと効用は100倍差になってしまうから、もはやBには逆転の望みなく撤退、となる。
イーベイのアメリカでの成功も、日本での失敗もこれで説明できる。

ではなぜ先行者であり顧客ベースも築いているクックパッドは後発の大企業である楽天に追い上げられているのか?
例えばネットオークションではプラットフォームとしてのオークションサイトに加えて売り手と買い手がいる。基本的に売り手は同じものを複数のオークションサイトに同時に出品することはできないから、オークションサイトを一つだけ選択しなければならない。また、ネットオークションでは金銭のやり取りが伴うので参加者にしてみれば安心安全が非常に重要だし、個人情報やカード情報等を入力するのは最小限に抑えたいだろうから、いったんイーベイで問題なく売買と物品受渡しが完結すれば他のサイトを試してみるインセンティブは働きにくい。
このようにネットオークションでは1)同時に複数のサイトに出品できない、2)取引の安全性が強く要請されこの点がサイトの差別化になる、という理由が相まって一度ネットワーク外部性の効果を得たサイトの優位が維持されやすい。

一方で、レシピ投稿サイトは投稿者が同じ情報を複数サイトに投稿できるし、単一サイトだけへの投稿にとどめるロイヤリティが期待できない。仮にクックパッドが楽天レシピに対抗して金銭報酬を提供しても事情は改善しない。自サイトへの投稿減少を食い止めることはできても他サイトへの投稿を止めることはできないからだ(注5)。
レシピ投稿サイトの閲覧者にとってクックパッドでは有料のコンテンツが楽天レシピでは無料で閲覧できる点も後発の楽天レシピに有利に働く。ただし、後発組が多少の誘因を用意してもそれだけでは先行者優位を崩せないのがネット業界の歴史が明らかにするところである。それはスイッチングコストによるロックインが存在するからだ。

利用者がクックパッドから楽天レシピに乗り換えるに当たって金銭コストはかからないけれど、慣れ親しんだウェブサイト(雰囲気や情報配置、使い勝手)から他に移行するハードルはかなり高い。仮に後発の楽天レシピがそのハードルを下げるためにクックパッドの雰囲気や情報配置、使い勝手と違和感のないようにしたところで、利用者から見れば最善でも両者は同等。であれば、わざわざ移る気にならない、というのが一般的なユーザー心理であろう。

このように、現行のクックパッドには先行者優位は存在するが、例えばネットオークションサイトに比べてその維持には相当の注意と努力を要すると言えよう。

それだけではない。クックパッドのビジネスモデルは無料でレシピの投稿を促し、そこから生成した一部のコンテンツを有料にするものである。しかし楽天レシピはビジネスモデルが異なり、人を集めること、正確に言えば「料理に興味がある」という属性が明らかな人々を多数集め(注6)、自グループ内で購買行動に結び付けてマネタイズを目指す。だから集客のための広告費として、もっとお金を使うことすらできるはずだ。実際CNETの記事中で楽天の担当者はテレビコマーシャルの可能性にも言及している。

サイトに集まる人からお金を取らねばならないクックパッドと、サイトに人を集めるためにお金を使える楽天レシピ。それは両社の規模や財務体質の問題ではない。どこにお金を使ってどこからお金を得るか、というビジネスモデルの問題なのである。

勝負はまだついていない。両社の健闘を祈る(なんてね)。

【今日の教訓】 ネット業界にはネットワーク外部性による先行者優位が存在するが、その優位性の維持については業種業態により難易度が異なる。油断大敵。

(注1) ジョナサン・ジットレイン『インターネットが死ぬ日』  p154
(注2) 楠木建『ストーリーとしての競争戦略』によれば、楽天はEコマース参入時において大手の先行者が存在したが、工夫と努力でこれらを追い抜いた。だからネット業界においても先行や大手であることが絶対的な優位性を提供するわけではないことを初期の楽天自身が示している
(注3) ネット業界は一般に製造業に比べて必要な初期投資額が少ない点も理由の一つ
(注4) わざわざ「顧客獲得における」としたのは、創業やサービス開始時期そのものではなく、顧客の獲得数が重要だからである
(注5) 逆の見方をすれば、楽天レシピもレシピ投稿数で他社に抜きん出た地位を確保するのは難しい
(注6) 顧客属性、特に絞り込まれたそれは広告の観点で非常に価値が高い

※2011年2月26日 ロックインに関する記述を追加