2011年6月12日日曜日

統合化とモジュール化 21世紀のアップル2

統合化とモジュール化 21世紀のアップル1で述べた通り、2000年頃にはビジネス用途中心だった当時のPCは成熟期を迎えた。クリステンセン的に言えば容量と速度が十分になり、顧客が追加コストを負担しなくなったのだ。しかしネット端末としてのPCはコンピューティングのユビキタス化を目指し、飽和したビジネス用途市場にとどまることなくコンシューマ市場へ領域を広げる必要があった。そのときPCに求められる機能が、従来のビジネス用途からコンシューマ市場向けに変化した。クリステンセン風に言えば、「グラフの右端から左端にはじき飛ばされた」(求められる機能が十分な状態から不十分な状態に再シフトした)のである。

2000年前後のPCの機能軸の変化
ビジネス
コンシューマ(マス)
グループ1
処理速度、記憶容量
 
価格競争力(シェア大)
 
互換性、相互運用性
 
グループ2
 
見た目の良さ
 
低価格
 
簡単、シンプル
グループ3
携帯性
 小型化
 省電力化
 高速無線通信

アップルはもともとコンシューマ向けに強みを持つ会社だ。1977年に発売したアップルⅡは今日のPC、即ちパーソナルコンピュータの原型の一つであり、同社に初期の成功をもたらした。しかしその後、PCは主としてビジネス用途を中心に爆発的に成長したため、PC産業はマイクロソフトとインテルを中心としたモジュール構造が支配し、アップルは辺境に追いやられた。
その後21世紀を前にビジネス用途中心のPCが成熟期を迎えつつあったとき、アップルは同社に復帰したスティーブ・ジョブズのもとで得意分野であるコンシューマ市場での反転攻勢に出た。それが1998年、ジョブズ復帰の年に発売されたiMacである。

iMacは上表に挙げたコンシューマ市場での新たな性能軸、「見た目、低価格、簡単さ」を見事に備えている。
15インチCRTを装備した一体型のケース、キーボード、マウス、果ては電源ケーブル、付属のモジュラーケーブルにいたるまで半透明(トランスルーセント)で統一されたスタイリッシュなデザインや、ボンダイブルー(アップルの造語、シドニーにあるボンダイビーチから)と呼ばれた印象的なカラー、178,000円(当時)という低価格が広く受け入れられ、大ヒット商品となり、それまで経営危機が囁かれていたアップルの復活を強く印象づけた。」(1;下線筆者)
ウィキペディアのiMacの項は、それまでのビジネス向けの無骨なPCとは異なる新たな特徴を備えたコンシューマ向けパーソナルコンピュータの登場をこう記述している。

このようにアップルはネットの端末として再定義されたPC、コンシューマ向けにパーソナライズされたPC1998年の時点で理解していた。しかし、iMacはあくまでも(通常の)PCであり、当面の間はPCが中心であることもまた理解していた。なぜなら、本当の意味でユビキタス・コンピューティング実現に必要な、上表の点線で囲った部分(グループ3)の要件「携帯性」は技術的に未成熟で実用化には今しばらくの時間が必要だったからだ。だからiMacの成功に続いてリリースされたのはPCとの連携を前提とした音楽プレイヤーiPodiTunesだった。

同じ頃、日本では携帯電話でネット接続を行うiモードが始まり、独自の携帯電話多機能化が進む中で高機能化、省電力化、コンテンツ配信、課金/決済等の技術が蓄積されていった(2)。日本で世界に先駆けて携帯電話でのネット接続が普及したのは、3G無線ネットワーク整備が早期に進められた点も大きい。欧米では2Gから3Gへの切り替えがなかなか進まなかった。さらに高速な通信を可能にするLTEも視野に入り無線ブロードバンド環境が整ってくると、上表グループ3の要件「携帯性」が実現可能になってくる。そこでアップルが満を持して発売したのがiPhone(2007)である(3)

ネットとPCの歴史を1990年代、2000年代、2010年代の3つに区切ってみよう。1970年代後半に個人の趣味の対象だったパーソナルコンピュータはその後ビジネスに取り込まれ、さらに1990年代後半にインターネットの爆発的普及によって「ネット端末」となった。ネットがユビキタスに向かうとき、ネット端末としてのPCはコンシューマ市場に浸透する必要があった。もともとコンシューマ向けに強かったアップルはこの流れを待っていたかのように2000 年代直前の1998年にiMacを発売。小型化するPCと多機能化する携帯が争った2000年代にはPCベースで基礎を固め、2010年代の来るべきユビキタス・コンピューティングを見越して2007年にiPhone、さらにポストPCの具体的提案として2010年にiPadを投入した。

このように、アップルはネットとその端末としてのPCがコンシューマ化を目指す大きな流れを捉え、常に時代の少し先を見越して製品(というよりサービス)を投入している。

ネットとPC
 
1990年代
2000年代
2010年代
 
 
 
 
汎用技術
学術/企業
コンシューマ化
<ユビキタス>
 
 
 
 
ネット環境
固定ナローバンド
固定ブロードバンド
無線ブロードバンド
 
 
クラウド
 
アメリカ
PCインフラ普及
PCインフラ利用
ポストPC
 
iMac(1998)
iPhone(2007)
スマートフォン
 
 
iPad(2010)
 
日本
PC普及 低
ネット携帯電話
ポストPC
 
iモード(1999)
ガラケー
スマートフォン


(1)ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/IMac2011/6/12アクセス確認
(2)アップルがiモードのビジネスモデルを研究していた、というのは有名な話
(3)しつこいようだが、高速通信がポイントなので3G対応したiPhone3G(2008)がより重要だと考えている

2011年6月6日月曜日

統合化とモジュール化 日本のケータイ5 ポストPC


ここまでの考察で「iPhoneiPadはPCだ」と位置づけた。だが神尾(2011)が指摘するようにアップルはiPadをポストPCと呼んでいる。これまで何気なく使ってきたPCとかパソコンという語を整理する必要があるだろう。

 PC、パソコンの定義
狭義
PC
AT互換機(ウィンドウズ機)
通常
パソコン
狭義PC+アップルのMac
広義
ポストPC
iPad, iPhone, Android

そもそもパソコンはパーソナル・コンピュータの略、PCPersonal Computerの略だからパソコン=PCが正しく成り立つと言いたいところだし、実際そういう使われ方も多い。もっともPC1981年にIBMが発売し今日のパソコンの直接の原型となったIBM-PCの商品名という側面も持つため、PCというときこのIBM-PCとその互換機(一般的にAT互換機と呼ぶ)を指す場合もある。これらはOSの名前をとってウィンドウズ機と呼ばれることもある。これを狭義のPCとしよう。次は最も一般的と思われる用法で狭義のPCにアップルのマッキントッシュ(Mac)を加えたもの。通常パソコンと言えばこれを指すだろう。最後にスティーブ・ジョブズの言うポストPC。これは通常のPCに対して(もちろんスティーブ・ジョブズは狭義のPCに対して、と言うだろうが)はるかにコンシューマ化を進めたもので、本来ビジネス向けの「通常パソコン」とは違うことを強調したのだろう。言い換えれば、これまでの(通常)PCがコンシューマ市場に適応すべく形を変えたものがポストPCである。だからポストPCPC、パソコンに包含されるものとして説明が可能だ。

やや長くなるが本田(2011)から引用。「ジョブズ氏の「iPad2"ポストPC"である」という発言にわたしはやや深い意味を感じる。なぜならジョブズ氏はPCとパーソナルコンピュータという2つの言葉を巧みに使い分けていると思えるからだ。ジョブズ氏にとって、PCとはウィンドウズ機に代表される、いわゆる"パソコン"である。それに対し、パーソナルコンピュータとは個人と一対一で結びつけられるコンピュータを指しているのではないだろうか」(pp.69-70)

<参考文献>
神尾寿『すべてのビジネスをスマホが変える』徳間書店,2011
本田雅一『これからスマートフォンが起こすこと。』東洋経済新報社,2011