2011年3月2日水曜日

統合化とモジュール化 二重らせん構造 5

「技術革新対応にはモジュール化」は正しくない。
Langlois and Robertson(1992)がパソコンの激しい変化を念頭において、モジュール化の意義として技術革新への対応を挙げて以来、「技術革新対応にはモジュール化」という見方は我々の経験に照らして当然のこととして広く受け入れられてきた。
だが「技術革新対応にはモジュール化」は正しくない。十分には正しくない、と言うべきだろう。なぜならファイン、クリステンセンが指摘するように統合型、モジュール型はそれぞれ異なる状況に適しており、異なるタイプの技術革新に対応するからだ。製品アーキテクチャ自体を変えるような大きな技術革新は全体を統合していないと対応できない。ある程度製品アーキテクチャが落ち着いてくるとモジュール化が進行し個々のモジュールレベルの技術革新に対応する。

「モジュール化も統合化も技術革新に対応する」のである。

だがこの説明は1990年代のアップルについて直感的な疑問を呼び起こす。
パソコンが成熟期に入って大きな変化がなくなりモジュール化が進んだことと、パソコンの世界では激しい変革が続いたからハード面でアップルが追随できなかったという事実を同時に説明できるのか。

1977年設立のアップルを追ってIBMが最初のパソコンIBM-PCを発売したのが1981年。それ以降、IBM互換機と周辺機器市場が急速に立ち上がったが、初期には他の独自規格PCがあったし、アップルも強い支持を得ていた。IBM-PC互換機の基本形は初期から今に至るまでさほど変わっていない。一方で処理速度、記憶容量は初期から現在に至るまで長期にわたって激しく向上し続けている。我々が1980年代から1990年代後半にかけて目にしたパソコンの熱い激動は、アーキテクチャが落ち着いた後のコンポーネントレベルの技術革新だったのだ。

それでもなお疑問が残る。
1980年代から1990年代に渡って、単にコンポーネントレベルだけではなく、バスは8 bit, 16 bit, 32 bitと上がり続け、接続コネクタもシリアル、パラレル等の専用コネクタから、汎用コネクタであるUSBと変遷した。さらにCPUが286, 386, 486, ペンティアムと変わるたびに周りのハード、ソフト、OSすべてが協調して対応しなければならない。モジュール間のインタフェースが固定されているから各部品メーカが勝手に開発、では越えられない壁をいくつも乗り越えてきたのがIBM-PC互換機の歴史だ(*1)。

例示したバス、USB、CPU。これらには共通点がある。それはインテルがコントロールしている点である。インテルは自らの担当モジュール開発にとどまることなく、周辺機器ベンダーを初めとするサードパーティをうまくとりまとめPC全体の能力をアップさせる多大な努力をしてきた。この点はガワー、クスマノ(2005)に詳しい。いわゆるプラットフォームとかエコシステム(生態系)いうものだ。
PCのハードウェア/アプリケーションソフト/周辺機器を仲立ちするのがOSである。だからインテルがPCの基幹部分のジャンプアップを行うとき、必ずOSの事前の密接な協力が必要であり、インテルとマイクロソフトの密接な協業がPCの長期発展には不可欠であった。

1980年代前半に決まったIBM-PC互換機の大枠の中で、インテルとマイクロソフトが協力して20年以上の間、速度と容量を劇的に増大させ続けてきたが、そのためには部品/周辺機器/アプリケーションソフト関係者すべての調整が必要であった。言い換えればモジュール型の弱点である、全体統括者がいない点およびモジュール間の調停者がいない点をインテルとマイクロソフトが補ってきた(*2)。これがPCの歴史を例外的たらしめている大きな要因であろう。

ファイン=クリステンセン説でまとめれば、IBM-PC互換機は早い時期にアーキテクチャとしての成熟期(安定期)に入り、モジュール化された。その後常に「速度」「容量」が常に顧客の要望だったため、「速度」「容量」向上を果たすための「十分でないところ」、即ちCPUとOSはモジュール化されず部分的に統合型となり、その結果、部品、周辺機器、アプリケーションソフトメーカーはインテルとマイクロソフトが定める固定インタフェースに則って各モジュールの性能向上に集中できた。

これで万事めでたしと言いたいところだが、ファイン=クリステンセンはこうも指摘している。
不十分であったところもやがて十分になり、顧客が追加コストを支払わなくなって再度モジュール化が進行する、と。PCにおける「速度」「容量」が十分になったら何が起きるのだろうか。

(*1) 逆に言えば、IBM-PCアーキテクチャの限界を超えられなかったなら、我々は現在もう少し素敵な「別のPC」を手にしていたのかもしれない。
(*2) 過去の資産も考慮すると、周辺機器×ソフトウェア×内部部品の組み合わせは膨大な数に上る。本来モジュール化された製品では後方互換性に誰も責任を持たないが、PCではインテル、マイクロソフトが可能な限り互換性を確保する努力をしてきた。昨今話題のアンドロイドについてこの問題はどうなるのであろうか。

<参考文献>
浅井澄子『情報産業の統合とモジュール化』日本評論社 2004
アナベル・ガワー、マイケル・クスマノ、小林敏男監訳『プラットフォーム・リーダーシップ』有斐閣 2005

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