モジュール化の典型とされるPCにおいてインテルとマイクロソフトが果たしてきた役割を考えると、PCアーキテクチャーが「速度」「容量」において技術的限界を迎えるたびにPCアーキテクチャを温存したままその限界を乗り越えてきたのは先に述べたようにインテルの優れた協調戦略に拠るところが大きかった。もちろんそれは自らが覇権を握る業界構造を壊したくなかったインテルのビジネス上の判断の結果である。
そこにマイクロソフトの協力があったのも事実だが、むしろマイクロソフトの功績は各々がすさまじい勢いで性能を上げていくモジュール、即ちハード、周辺機器、アプリケーションをつないでPCとして一体的なパフォーマンスを保証するまとめ役を努め続けたことであろう。マイクロソフトが提供してきたのはPCというエコシステム(生態系)の互換性(compatibility)および相互運用性(interoperability)だったのだ。
新たな製品として統合型でPCが導入され、各モジュールのインターフェースが公式・非公式に知られていきモジュール化が進む(*1)。この過程で、即ちインターフェースの固定化と情報共有が不完全な段階で、PCの場合は各モジュールが急速に性能を向上させ、また新たな機能や周辺機器が加わった。1990年前後にPCを自作するときに、機器同士あるいはメーカー同士の「相性」が重要だったことを覚えている方も多いだろう。これがインターフェースの固定化が不完全な例である。
PCアーキテクチャが技術的限界を迎える前にインテルが中心になってPCアーキテクチャの拡張を行った。バス、CPUの進化やUSBへの切り替え等である。このようにPCアーキテクチャが進化すると過去の資産との互換性が大きな問題になると同時に、拡張された新しい性能を活かすための新しい機器、ソフト間の相互運用性の確保もまた容易ではない。
マイクロソフトのOSはこれをカバーしてPCとして一体のパフォーマンスを保証する役割を果たしてきた(*2)。
PCの長い歴史の中でマイクロソフトはOSを通じて以下の2点を提供し続けてきた。
1)インタフェースの固定化と情報共有が不完全な段階で、モジュール間の相互運用性を確保
2)インターフェースおよび各モジュールが世代交代する中で互換性を確保
クリステンセンがモジュール構造の中で機能性、信頼性が十分でない部分が統合化される、と指摘する信頼性に該当するのがこの相互運用性と互換性である。この場合の相互運用性と互換性を基本信頼性と呼ぶことにしよう。
基本信頼性とは例えばPCエコシステムにおける関係者(ユーザに限らず完成品メーカや部品メーカ、ソフト開発者等)の「このソフトを買って帰れば家のPCで使えるだろう」とか「この部品や周辺機器は指示に従って取り付ければ問題なく動作するだろう」とか「このPCを買えば過去のソフトとデータも引き続き使えるだろう」というPCに対する期待である。
ユーザがPCに感じていた不十分は「速度」「容量」という機能性と、「基本信頼性」という信頼性であった。だからその部分はモジュール化されずインテルとマイクロソフトが担当してきたのである(*3)。
(*1) 非公式に拡散していったのがIBM システム/360の事例である
(*2) この見方はマイクロソフトの懸命の努力にもかかわらず、同社がモバイル分野で苦戦を続けている事実とも整合的である。携帯電話では使い勝手を含めてPC世界の過去の膨大な資産(むしろ負債)の互換性は重要でないから同社は優位性を発揮できない。
もっとも2010年からブームを巻き起こしているスマートフォンは携帯電話のPC化であるという筆者の見方に立てば、マイクロソフトの巻き返しのチャンスかもしれない。
(*3) インテルも基本信頼性の問題に対処するためチップセット統合やマザーボードへの進出を行っている
<参考文献>
志村拓、並木由起男、榊隆『AT互換機を256倍使うための本』アスキー 1994
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