普及率、サービス内容、品質のいずれをとっても日本がケータイ先進国であることは疑いがない。日本の携帯電話産業は通信キャリアによる垂直統合型である。そしてアップルの今日の隆盛がiPhoneによる携帯電話参入成功に多くを負っていることを考えれば携帯電話産業を統合化/モジュール化の観点で説明することは非常に重要である。田中辰雄先生からも宿題をいただいているところだ。
ITとモジュール化という大きな視点で捉えると、本来は固定電話から話を始めるべきなのだが、長くなるのでここでは携帯電話だけに絞ろう。インターネット接続を前提としたデータ中心の携帯電話産業の現在の形態(以下「ネット携帯電話」)の起点は1999年のiモード開始である。そのすぐ後に日本では3G高速通信が開始され、インターネット接続とデータ通信が急成長していく。高機能多機能な端末を作るメーカー、販売奨励金等に支えられた販売店網、コンテンツ・プロバイダー、そしてこれらを垂直統合して提供する通信キャリアというエコシステムができあがり、日本のネット携帯電話は右肩上がりの成長を続け、2007年には普及台数が1億台を超えた。しかし2000年代後半になると成長は鈍化し、2007年に総務省が主宰したモバイルビジネス研究会が販売奨励金廃止を打ち出したこともあり、ついに2008年、携帯電話販売台数は減少に転じた。
しかし不思議なことに、これだけ日本でネット携帯電話が盛り上がっても、海外では相変わらず通話とメールがあれば十分という状態が続いた。NTTドコモがiモードを広めようとして多額の投資をして海外進出したが見るも無残な失敗に終わった。アメリカはPC文化だから携帯でネットはしない、日本人と違って外国人は指が大きいから携帯電話でネットはしない、等々の様々な説明がなされた。それらも相応に妥当だったのかもしれないが、さらに不思議な、というか困ったことにアップルが米国で2007年にiPhoneを発売(日本では2008年発売)、アップルに対抗してグーグルがアンドロイドOSを無償で提供し始め、あれよあれよという間に世界中でスマートフォン・ブームが巻き起こって現在に至っている。スマートフォンは要するにケータイが多機能になり、ネットにつながるということである。スマートフォンに対してガラパゴス・ケータイ、略してガラケーと呼ばれるようになった日本の従来の高機能・多機能ケータイの立場はどうなる! と言いたくなるのも無理はない。日本人以外はケータイでネットをしないのではなかったか?
このように同じように多機能・高品質でネット利用を前提としたスマートフォンとガラケーだが、かたやガラケーは凋落(*1)、スマートフォンは世界中でブームどころか日本でも2010年後半に各キャリアが本格的に海外製スマートフォンを導入し始めた。これではiモード開発に関わった夏野さんが「ガラケーはスマートフォンに先行していた、進んでいた」と叫んだところで日本勢はなすすべもない。
なぜ海外では日本製ガラケーではなくスマートフォンが成功したのか。
答えはまさに「ガラケーは統合化されていたから」である。高速通信でネット中心にデータ中心の利用というガラケーは、高機能・多機能端末を作るメーカー、原価の高い端末を大量に販売する販売網システム、コンテンツ・プロバイダー、そこに価値を見出してデータ通信サービスを利用するユーザという多数の参加者からなるエコシステム(生態系)である。例えば高機能・多機能端末を作るメーカーは開発費を含めてかなりの投資が必要になるが、それを回収できるだけ売れるかどうかリスクが高い。そもそもコンテンツが多くなければ魅力的なサービスにならないが、ビジネスとして成立する見込みがなければ優良なサイトやコンテンツが提供されない。このように、サービス開始当初はどの参加者にとっても卵が先かニワトリが先か、の状況になる。日本の携帯電話産業では通信キャリアが垂直統合型でリスクを負担し資金を出し信用を付加することによって、この状況を脱することができた。NTTドコモが高機能・多機能端末を買い取りをコミットすることによって端末メーカーのリスクを負担し、販売奨励金等で端末を低価格で販売することを可能にして販売網システムを支え、NTTドコモの信用によって大企業のサイトを誘致し、それがさらにサービスの信用を高めて他のサイトやコンテンツを集めるのに役立った。NTTドコモが新たなガラケーというアーキテクチャを設計し、各サブシステムを配置したのである。ファイン=クリステンセン説の示すとおり、ネット携帯電話のライフサイクルは統合型で始まった。
ファイン=クリステン説に従えば、統合型で始まった製品(サービス)はやがてモジュール化の圧力にさらされる。事実、かなり早い段階からiモードでは公式サイト以外に勝手サイトと呼ばれる非公式サイトが多数生まれた。2006年にはユーザーが携帯電話番号を変えずに通信キャリアを変更できるモバイルナンバーポータビリティ(MNP)が導入され、2007年には総務省モバイルビジネス研究会(*2)によって販売奨励金廃止が提言され、2009年には総務省通信プラットフォーム研究会(*2)が通信キャリアの課金・認証システムの開放を通じてモジュール化を促すなど、市場からも政策面からも強いモジュール化の圧力がかかり続けてきたし、その多くは実施されてきた。この他にMVNOやSIMロック解除などもある
少し時計の針を戻して、2000年代、iモードを初めとする日本のガラケーシステム全盛期に、なぜ海外ではこれが普及しなかったのか。今から過去を振り返れば明らかなように、海外でもケータイでネットを利用する高機能端末の需要はあったのだが、前述のようにiモードは海外展開に失敗した。海外では日本ほど強く通信キャリアが垂直統合しておらず、アメリカのように比較的日本に似て端末と通信サービスがバンドルされている場合でも、需要が定かでない中、通信キャリアが3G設備の投資を急いで新たに高機能端末の開発・在庫リスクを負いつつコンテンツを集めることは現実的ではなかった。NTTドコモが海外で成功するためには、日本でそうしたように卵か先かニワトリが先かを解決するため、自らリスクを取ってエコシステム全てを整える必要があったのだが、それは現実的ではなかったようだ。夏野(2011)はNTTドコモの海外展開失敗の理由として「51%以上の株式を取得し、企業を実質的に買収しなければ、先に挙げた成長エンジンを正のスパイラルで回すことはできない」(p.86)、「技術だけでは、本来ビジネスモデルが生み出している利益を得ることはできない」(p.88)と指摘しているが、同じことを述べていると思われる。海外ではガラケーのアーキテクチャ設計、モジュール配置を行う統合者がいなかったのである。
ところが統合者は通信キャリア以外の思わぬところから現れた。2007年、アップルはiPhoneを発表し携帯電話産業へ参入した。
iPhoneの場合、ネット携帯電話のエコシステム参加者のうち端末メーカーはアップル自身である。アップルは携帯電話ネットワークを保有していないのでアメリカではAT&T、日本ではソフトバンクと手を組んだ。通信キャリアと組むことによって端末販売網と販売奨励金による初期費用抑制方式も同時に手に入れることができた。一方でアップルはアップルストアという独自の小売販売店網構築も進めている。コンテンツ・プロバイダーは、もともとiPodでiTunesを軸にしたエコシステムができていたため、スムーズにiPhone向けに拡張することができた。またiPhone, iPodとも画面が大きいため、既存のPC向けウェブページが閲覧可能であることもコンテンツの範囲を飛躍的に増やした一因である。日本では技術的に難しくないとは言え各キャリアごとにケータイ向けのページを作成する必要があったのとは対照的である。最も重要なのはiPodで確立していたiTunesを軸とした課金・認証のプラットフォームをアップル自身が押さえていた点である。日本のガラケーではここを通信キャリアが押さえていた。
アップルはもともとiPodで築いていた資産を最大限iPhoneで活用するスタイルを採り、自ら手がけられない通信ネットワーク部分を通信キャリアと組むことによって同時に敷居の低い販売方法と販売網を手に入れた。こうして、アメリカ式ネット携帯電話(スマートフォン)の垂直統合が実現したのであるが、それは日本のネット携帯電話(ガラケー)の垂直統合とは統合者のレイヤーが異なる点で、似て非なるものであった。
iモード(NTTドコモ) | |||||
コンテンツ・アプリケーション レイヤー | コンテンツ・ プロバイダー | ||||
↓審査 | 非オープンインターフェース | ||||
プラットフォーム(認証課金) レイヤー | 認証課金 | ||||
ネットワーク レイヤー | 携帯電話 自社NW | ||||
端末 レイヤー | 端末メーカ- から買取 | ||||
自社販売 |
iPhone(アップル) | |||||
コンテンツ・アプリケーション レイヤー | コンテンツ・ プロバイダー | ||||
↓審査 | 非オープンインターフェース | ||||
プラットフォーム(認証課金) レイヤー | iTunes App Store | ||||
ネットワーク レイヤー | 携帯電話NW ソフトバンク | ||||
端末 レイヤー | iPhone | ||||
Apple Store | キャリア販売 |
ここでいくつか疑問がわく。
1)アメリカでアップルによってネット携帯電話の「ニワトリ・卵」が解決され、ひとたびネット携帯電話のエコシステムが定着すれば、日本のガラケーもスマートフォン同様に売れるはずであるが、2011年春時点では日米ともにスマートフォンの勢いが圧倒的である。それはなぜか。
2)ファイン=クリステンセン説に従えば、統合型サービスもやがてモジュール化の圧力にさらされる。現に日本ではガラケーのキャリア垂直統合は政策も含めて強いモジュール化圧力にさらされてきた。ガラケーは、そしてスマートフォンは今後どうなるだろうか。
(*1) とは言え、売上ベースではスマートフォンに勢いがあり注目されているものの、累積台数では未だガラケーが圧倒的に多い
(*2) 本稿のレイヤー構造は、これらの報告書をベースにしている。
<参考文献>
夏野剛『iPhone vs. アンドロイド』アスキー・メディアワークス,2011
総務省「モバイルビジネス研究会」最終報告書,2006
総務省「通信プラットフォーム研究会」最終報告書,2009
丸川知雄・安本雅典編著『携帯電話の進化プロセス』有斐閣,2010
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