2012年4月26日木曜日

続 ストックオプション担当者のユーウツ(住生活グループの事例)

前回のエントリ「ストックオプション担当者のユーウツ(住生活グループの事例)」で、住生活グループのストックオプション開示について考えたわけですが、なんと同社は発行中止を発表した同じ17日に改めて同内容で発行決議を取り直し開示しておりました。
ストックオプション発行決議 → 中止の可能性開示 → 中止決議 → 発行決議、と足掛け二日間のうちに激しく揺れ動いた舞台裏の関係者皆様の苦労は察するに余りありありです。

前回のエントリでは有価証券届出書の提出失念の可能性を推測したわけですが、このように翌日に発行決議を行い有価証券届出書をキチンと提出しているところをみると、有価証券届出書は準備できていたと考えるほうが自然です。関係者の皆様にはお詫び申し上げます。

じゃあ原因は?
懲りずに考えましょう。

臨時報告書と有価証券届出書ができていたのであれば、考えられるのは不測の事態により、
提出が間に合わなかった!
しかし、間に合わなかったなら日付その他所要の修正を施して翌日に何食わぬ顔をして提出すれば良いはず。前回エントリにも書いたように臨時報告書は「遅滞なく」提出すれば良いわけですし、有価証券届出書については提出が遅れた分だけ効力発生日が遅れるだけで、本件では一日くらい遅れても問題なかったはずであります。
となると、やはり取締役会決議と臨時報告書 and/or 有価証券届出書提出が同日でないと具合がよろしくない理由が他にあったのでしょう。

それは、ストックオプションという新株予約権発行の開示が有価証券の勧誘に当る、という懸念かもしれません。有価証券取得の勧誘には有価証券届出書の提出が必要です。
 取締役会決議(ストックオプション発行) → 開示 → 有価証券届出書提出
というロジスティクスでは、厳密には有価証券届出書の提出前に取得勧誘(とみなされるかもしれない)開示が先行しますが、まぁ同日中に有価証券届出書を提出することによって同日中の前後関係は不問に付される、というオトナな社会通念なのかも。
だが、有価証券届出書が翌日の提出となってしまうと開示と有価証券届出書提出の日付がずれてしまい、金融商品取引法違反に問われる(かもしれない)!

この事態を打開するため、いったん16日の決議を取消し改めて17日に決議し直した上で細心の注意を払って有価証券届出書提出と開示を同日に行う、と(また失敗したら、、、という担当者のプレッシャーはいかほどであったでしょうか)。中止の開示と再発行の開示にタイムラグがあったのは、有価証券届出書の無事提出を見届けてから再発行を開示したのかもしれませんね。
というわけで、
  • 4月16日に発行を決議し開示した後、予定していた有価証券届出書提出を何らかの理由で完遂できなかった
  • 既に行ってしまった開示と有価証券届出書提出の日付がずれることは許されない
というのが今回の騒動の原因と思料するものであります(あくまで推測)。


お気づきの点がありましたら、いつものように優しくご教示願います。

2012年4月17日火曜日

ストックオプション担当者のユーウツ(住生活グループの事例)

※2012年4月23日 追記
なんと、発行中止を発表した同じ17日に改めて同内容で発行決議を取り直していました。
2012年4月17日付 ストックオプション(新株予約権)の発行に関するお知らせ
深まる謎に続編エントリで挑む!

---以下原文---

住生活グループ(5938)のストックオプション開示、怒涛の三連発。

2012年4月16日付 ストックオプション(新株予約権)の発行に関するお知らせ
2012年4月16日付 ストックオプション(新株予約権)の発行中止の可能性に関するお知らせ
2012年4月17日付 ストックオプション(新株予約権)の発行中止に関するお知らせ

いったい一晩の間に何が起こったのか、ことの次第を推測してみましょう。

「発行中止」開示によれば中止の理由は、
当社事務手続き上の不備により、関東財務局に提出すべき平成24 年4 月16 日付け有価証券届出書及び臨時報告書を提出することが出来なかった
とのこと。
臨時報告書は、当該ストックオプションの発行価額と行使価額の合計額の総額が1億円を超える場合に、取締役会決議があった際に提出が必要となる(金融商品取引法24条の5第4項、開示府令19条2項2号)。提出のタイミングは「遅滞なく」なので、取締役会決議があった当日の16日に間に合わなかったなら翌日に作成提出すれば良いですね。したがって臨時報告書は本件中止の決定的理由ではありません。

問題は有価証券届出書か。
ストックオプション発行は有価証券の募集に該当し、原則として有価証券届出書の提出が必要(金商法2条3項1号)。
 付与対象者が50名未満であれば例外扱いもあるのですが、「発行」開示によれば本件付与対象者は128であり50人を超えていますね。また、付与対象者が当該会社と完全子会社の役職員に限定されている場合も例外扱いですが(金商法4条1項1号、金商法施行令2条の12)、「発行」開示によれば割当対象者には、
(※2)本邦以外の地域において取得の申込みの勧誘がなされる新株予約権の割当ての対象となる者が11名含まれており、当該割当対象者に対する割当新株予約権数は2,500個であります。
だそうで、ここに完全子会社所属ではない役職員が含まれていたと思われます。

だとすれば有価証券届出書を急いで作成提出すれば良い、、、のですが。
有価証券届出書はほぼ有価証券報告書と同等の内容。作るのはタイヘンであります。さらに住生活グループは3月決算のようですから、関連部門はまさに決算作業の真っ最中。これから5月前半に決算役員会で決算承認、同日決算短信開示、それから有価証券報告書を作成して6月総会後にこれを提出、と怒涛のスケジュールですから、
「えーと、忘れてたんで有価証券届出書の作成提出よろ!」
なんて明るく言える状況じゃないわけですね。
そもそも有価証券届出書の効力発生は提出から15日経過後なので、本件5月9日の発行に間に合わせるためには4月23日までに作成提出しなきゃ、、、ってムリムリ。決算閉まってないし。

ということで本件ストックオプション付与中止は、
  • 付与対象者が50名を超え、
  • 完全子会社ではない会社の役職員を含み、
  • 有価証券届出書の例外規定に該当せず、提出が必要なことを失念し、
  • 気づいたものの、付与日に間に合うよう有価証券届出書を作成できない社内状況
という複合要因により引き起こされたものと思料するのであります(あくまで推測)。


お気づきの点がありましたらいつものように優しくご教示願います。

2012年4月1日日曜日

『3月のライオン』を山岸俊男で科学する

『3月のライオン』7巻。ヒナへのイジメ問題。ネタバレなので要注意なのです。

「微細な初期値の差異が非常に大きな結果の違いをもたらす」

ここで、南洋のチョウの羽ばたきが生じさせた空気のわずかな動きが、回り回って台風となって日本上陸! みたいな例に筆者の心はときめきません。なぜなら「その」気まぐれな羽ばたきがあってもなくても、いずれにせよ毎年ほぼ決まった数の台風が発生し、そのうちいくつかは夏から秋にかけて日本にやって来るからです。

でも山岸俊男『「しがらみ」を科学する』で展開している「イジメの螺旋」プロセスは似て非なる魅力を放っています。
これは「同じクラスでも、イジメ排除に参加する人数という初期値の違いによって、イジメが発生するか否かという大きな結果の違いをもたらす」というもの。

例えばあるクラスに自分一人でもイジメを阻止するという硬骨漢もいれば、他に14人いれば参加するという生徒も、あるいは絶対自分は関与しないという生徒もいる。このクラスでイジメが発生し、たまたま14人がイジメ阻止に参加表明。これが初期値。このとき参加表明者に含まれる、他に14人いれば参加というパラメータを持つ生徒2人にとっては自分達以外は12人なので、参加者数ががしきい値を超えておらず、「やっぱりヤメますの」となる。他に12人の参加者が必要であった次の生徒にとっても他の参加者が11となってしまい、やはり「ワタシもやっぱりヤメますの」となって、、、結局イジメ阻止参加者はなし崩し的に一人になってしまう。この一人は「自分一人でもイジメに立ち向かう」硬骨漢ですね。で、多くの場合この硬骨漢もイジメの対象になってしまう。これが下向き螺旋プロセス。

まさに『3月のライオン』6巻までのヒナじゃありませんか。

下向き螺旋プロセスとは逆にイジメ阻止参加者初期値が15人だと、なし崩し的に参加者が増えていき、ほぼ全員がイジメ阻止に参加することになり結果としてイジメはなくなる。これが上向き螺旋プロセス。詳しく知りたい方は下記参考文献で学習してください。
もちろん、ひとたび下向き螺旋プロセスが進行し終わった状態で孤立するヒナの味方をする生徒がいきなり14人増えることはありませんね。羽海野チカ先生はそれほど甘くありません。

実は山岸俊男『心でっかちな日本人』のほうに同じ螺旋プロセスの説明があり、こちらではもう一つ重要なファクターの説明があります。先生です。
本当にイジメをなくす心意気がある先生(『心でっかちな日本人』では「熱血先生」)だと生徒が信用すれば、この先生はイジメ阻止参加者数の生徒何人分にも相当します。要はクラスの生徒がイジメ阻止に参加しても自分は不利益を被らない、と信用できるかどうかなのです。

『3月のライオン』7巻。
ヒナのクラスの担任が倒れたことによって学校側が問題を看過できなくなり、代わりに新担任を送り込んでくる。クラスの生徒達は学校側と新担任が本気であることを認識し、イジメ阻止参加者が加速度的に増えていき、最終的にイジメは解消。もちろん加害者と被害者で大団円、と簡単にはいかないのが現実の厳しさ。Gメン75的とでも言いましょうか(古い?)

さて、今日のインプリケーション。
集団における問題は「思いやりが希薄になった」というような心の問題ではなく、行動原理とインセンティブの組み合わせの問題である。
でもって、この問題意識というかフレームワークは日本的経営に適用され、ひいてはコーポレート・ガバナンスや会社法制に対する重要な視座と論点を提供する予定なのであります(あくまで予定)。


<参考文献>
羽海野チカ『3月のライオン』1〜7巻、白泉社
山岸俊男『「しがらみ」を科学する』筑摩書房、2011
山岸俊男『心でっかちな日本人』筑摩書房、2010 (オリジナルは日本経済新聞社、2002)