2012年4月1日日曜日

『3月のライオン』を山岸俊男で科学する

『3月のライオン』7巻。ヒナへのイジメ問題。ネタバレなので要注意なのです。

「微細な初期値の差異が非常に大きな結果の違いをもたらす」

ここで、南洋のチョウの羽ばたきが生じさせた空気のわずかな動きが、回り回って台風となって日本上陸! みたいな例に筆者の心はときめきません。なぜなら「その」気まぐれな羽ばたきがあってもなくても、いずれにせよ毎年ほぼ決まった数の台風が発生し、そのうちいくつかは夏から秋にかけて日本にやって来るからです。

でも山岸俊男『「しがらみ」を科学する』で展開している「イジメの螺旋」プロセスは似て非なる魅力を放っています。
これは「同じクラスでも、イジメ排除に参加する人数という初期値の違いによって、イジメが発生するか否かという大きな結果の違いをもたらす」というもの。

例えばあるクラスに自分一人でもイジメを阻止するという硬骨漢もいれば、他に14人いれば参加するという生徒も、あるいは絶対自分は関与しないという生徒もいる。このクラスでイジメが発生し、たまたま14人がイジメ阻止に参加表明。これが初期値。このとき参加表明者に含まれる、他に14人いれば参加というパラメータを持つ生徒2人にとっては自分達以外は12人なので、参加者数ががしきい値を超えておらず、「やっぱりヤメますの」となる。他に12人の参加者が必要であった次の生徒にとっても他の参加者が11となってしまい、やはり「ワタシもやっぱりヤメますの」となって、、、結局イジメ阻止参加者はなし崩し的に一人になってしまう。この一人は「自分一人でもイジメに立ち向かう」硬骨漢ですね。で、多くの場合この硬骨漢もイジメの対象になってしまう。これが下向き螺旋プロセス。

まさに『3月のライオン』6巻までのヒナじゃありませんか。

下向き螺旋プロセスとは逆にイジメ阻止参加者初期値が15人だと、なし崩し的に参加者が増えていき、ほぼ全員がイジメ阻止に参加することになり結果としてイジメはなくなる。これが上向き螺旋プロセス。詳しく知りたい方は下記参考文献で学習してください。
もちろん、ひとたび下向き螺旋プロセスが進行し終わった状態で孤立するヒナの味方をする生徒がいきなり14人増えることはありませんね。羽海野チカ先生はそれほど甘くありません。

実は山岸俊男『心でっかちな日本人』のほうに同じ螺旋プロセスの説明があり、こちらではもう一つ重要なファクターの説明があります。先生です。
本当にイジメをなくす心意気がある先生(『心でっかちな日本人』では「熱血先生」)だと生徒が信用すれば、この先生はイジメ阻止参加者数の生徒何人分にも相当します。要はクラスの生徒がイジメ阻止に参加しても自分は不利益を被らない、と信用できるかどうかなのです。

『3月のライオン』7巻。
ヒナのクラスの担任が倒れたことによって学校側が問題を看過できなくなり、代わりに新担任を送り込んでくる。クラスの生徒達は学校側と新担任が本気であることを認識し、イジメ阻止参加者が加速度的に増えていき、最終的にイジメは解消。もちろん加害者と被害者で大団円、と簡単にはいかないのが現実の厳しさ。Gメン75的とでも言いましょうか(古い?)

さて、今日のインプリケーション。
集団における問題は「思いやりが希薄になった」というような心の問題ではなく、行動原理とインセンティブの組み合わせの問題である。
でもって、この問題意識というかフレームワークは日本的経営に適用され、ひいてはコーポレート・ガバナンスや会社法制に対する重要な視座と論点を提供する予定なのであります(あくまで予定)。


<参考文献>
羽海野チカ『3月のライオン』1〜7巻、白泉社
山岸俊男『「しがらみ」を科学する』筑摩書房、2011
山岸俊男『心でっかちな日本人』筑摩書房、2010 (オリジナルは日本経済新聞社、2002)

0 件のコメント:

コメントを投稿