2011年4月21日木曜日

統合化とモジュール化 東京電力とNTT 2

前回のエントリ「統合化とモジュール化 東京電力とNTT」が若干抽象的であったし、通信と電力のアナロジーにおいて現在の東京電力の今後を考えることはとても重要だと思うので、改めて書いてみよう。

ポイントは「かつて独占企業だったNTTがアンバンドリング政策により自社設備をADSLベンチャーに開放し、これが日本のブロードバンド発展につながった」という歴史的事実である。もう10年以上前の話であり、昨今の東京電力の今後についての議論を見ていると、この通信業界の成功体験が意外に抜け落ちている、あるいはこの事実をふまえた上で「通信と電力は異なる」とことさらに電力の特殊性を強調する姿勢も見受けられる(ような気がする)ので、ここはひとつ過去を知る者が語り部となるしかあるまい。(*1)

イノベーション(新価値の創出)=発明 × 普及
と妹尾(2009)は述べている。日本の製造業がややもすると技術偏重であり、普及(迅速かつ大量の販売)が弱点になっている点を指摘したものだ。ADSLの成功要因については2001年のソフトバンク参入による急激な普及が定説であり、これは日本企業が不得手な「普及」を成功させた点で正当な評価ではある。ただし、これだけでは真実の半面しか捉えていない。なぜならADSLに関しては電話線を使うという性質上、NTTの協力がなければ実現せず、NTTは競争相手に自社設備を貸し出すインセンティブはないし、さらにNTTは当時ISDNを普及させた後で光ファイバーに移行するつもりだったからADSLは歓迎せざる技術だった。この状況でNTTがADSLに反対するのは当然で、NTTの絶対的な影響力を考えればADSLは日本で実現しないと多くの人が見ていた。

ところが結論から言えばNTTはADSL向けに既存電話線を貸し出し、自社電話局内への立ち入りと自社設備への接続を認めたのみならず、2000年暮れには自社でのADSLサービス開始を発表した。それは1999年頃、安価なインターネット常時接続が日本に必要だという信念でADSL立ち上げに挑んだいくつかのADSLベンチャーが、嫌がるNTT相手に交渉を繰り返し、折しも1996年の米国電気通信法改正を受けて日本にも競争導入とインターネット普及が必要と考えた郵政省(現総務省)がADSLベンチャーをバックアップする一方でADSL導入をNTTに強く指導したからである。

こう書くと簡単なように思えるが、そうではない証拠に日本が見習ったはずの米国では1996年電気通信法の後、ADSL事業者を含む新規参入組はあまり伸びなかった(*2)。法律でアンバンドルと接続を強制しても、利益が相反する企業対企業ではそれらがうまく機能しなかったからだ。「企業に何かができる「法律的な」能力があるからといって、それが必ずしもその企業に技術的な能力あるいは経営的な能力が備わる、ということにはならない。RBOC(筆者注:地域電話会社)の本社組織内のオフィスでモジュール化を進めさせるのは、複雑で時間のかかるプロセスだということが明らかになった。」(クリステンセン,2005,p.189) 即ち米国では法律で通信設備のモジュール化を進めたが、それだけではインターフェースの定義が不十分で、サブモジュール同士(地域通信会社とADSLベンチャー)はうまく接続できなかった。

日本でADSLが離陸できたのは前述のようにADSL事業者の懸命の努力に加え、監督官庁である郵政省がADSL導入を強い決意で進め、米国で問題になっていたラインシェアリング(*3)を含めてNTTとの接続方法を当初から制度化したことが大きい。これが2000年7月に発表された郵政省「高速デジタルアクセス技術に関する研究会」最終報告書である。

公平を期すために付け加えねばならないのは、NTTの態度である。NTTは先の郵政省の報告書を見てADSL導入は避けられないと腹をくくり、なんと(!)自らADSLサービス提供を決めた。それまでNTTから「ADSLなんてダメですよ」と言われ続けてきたADSLベンチャーからすればたまったものではないが、政策面からマクロで考えれば喜ばしい話だし、NTTが自ら手がけることになったので、それまで見られたADSL開通遅延が少なくなったり、NTTのデータベース整備が進むなどの改善効果が見られた。ADSL準備期間においてはADSL推進派から批判されながらもNTTは真摯に話し合いに応じてきたし、自社提供が決まってからは競争相手である他のADSLベンチャーと時に対立しながらも事業環境の整理に努めてきた。これがインターフェースの整理であって日本で実現し、アメリカで実現できなかったところである。その差異は、構造的に積極的に進めるインセンティブがないにもかかわらず、最後には国策に協力すべきというNTTマインドにあった、と言えば誉め過ぎだろうか。

こうしてADSLが制度的に確立した後で2001年にソフトバンクが価格破壊を伴って参入したのである。そこから先は周知の通りADSLは爆発的に増え続け、日本は有数のブロードバンド大国となり、やがてADSLはFTTHに主役の座を譲るのだが、その歴史的意義が変わることはない。

さてここからが本題。
現在の東京電力を巡る議論におけるADSL物語のインプリケーションは何だろうか。それはモジュール化=インターフェース整理によって、東京電力が本気で取り組むほど大きくないプロジェクトや、あるいは東京電力の意に添わない技術に可能性を開く点だ。イノベーションは辺境で生じ、最初は小さく弱い。ADSLが12年前にそうであったように。業界すべてを統合している大企業から見ればとるに足らないが、その大企業がドアを開けてくれないと日の目を見ることなく消えてしまう。
実際、東京電力は太陽光発電や風力発電等の再生可能エネルギーは不安定で系統に悪影響を与えるため極めて限定的にしか導入できない、と言い続けている。どこか既視感を感じてしまうのは筆者だけではないはずだ。
だからNTTや東京電力の観点ではなく、国策の観点で望ましい新技術(の可能性)のため門戸を開けておく必要がある。そこには国家国民の意思が必要だ。今、電力にイノベーションが必要というのは国民的合意であろう。

この文脈でいうモジュール化は東電解体とか分社化とかを直接意味しないし、懲罰的意味合いも含まない。現にADSLでNTT設備がアンバンドルされてモジュール化されたとき、NTTは解体されていないどころか、今日でも最大の影響力を保持するプレイヤーである。重要なのは東京電力がプレイヤーとして残っていても(いなくても)、一定のルールに則って同等の条件で特定要素、例えば送電とか認証課金機能を利用して参入可能なことなのである。

固定通信
認証・課金
コンテンツ
長距離
アクセス回線
音声
NTT東西
(音声)
NTTコム
NTT東西
音声
KDDI
(音声)
KDDI
KDDI
ADSL
ソフトバンク
(ADSL)
 
 
ソフトバンク
(ADSL)
電力
認証・課金
発 電
送 電
配 電
独占・統合
東京電力
東京電力
東京電力
東京電力
発電
 
A
 
 
送配電
 
 
B
B
スマートグリッド
C
 
 
C


(*1) 通信政策におけるアンバンドリングについては国によってさまざまな結果があり、常に望ましい訳ではないが、日本のADSLが成功事例であることは概ね合意が得られている。例えば田中・矢崎・村上(2008)
(*2) 米国ではケーブルテレビのシェアが高かったため、自前の通信線を既に保有するケーブルテレビが固定ブロードバンドの担い手になる。
(*3) ラインシェアリングは電話用銅線をADSLで共用すること。これができると早く低コストでADSLを導入できる。

<参考文献>
田中辰雄・矢崎敬人・村上礼子『ブロードバンド市場の経済分析』慶応義塾大学出版会,2008
妹尾堅一郎『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』ダイヤモンド社,2009
クレイトン・クリステンセン、スコット・アンソニー、エリック・ロス、宮本喜一訳『明日は誰のものか イノベーションの最終解』ランダムハウス講談社,2005
郵政省「高速デジタルアクセス技術に関する研究会」最終報告書,2000
浅井澄子『情報通信の政策評価』日本評論社,2001
湯崎英彦『巨大通信ベンチャーの軌跡』日経BP社,2009
「東京めたりっく通信物語」(http://www.j-cast.com/a04_special/a0407_broadband/),2008

2011年4月9日土曜日

統合化とモジュール化 日本のケータイ

普及率、サービス内容、品質のいずれをとっても日本がケータイ先進国であることは疑いがない。日本の携帯電話産業は通信キャリアによる垂直統合型である。そしてアップルの今日の隆盛がiPhoneによる携帯電話参入成功に多くを負っていることを考えれば携帯電話産業を統合化/モジュール化の観点で説明することは非常に重要である。田中辰雄先生からも宿題をいただいているところだ。

ITとモジュール化という大きな視点で捉えると、本来は固定電話から話を始めるべきなのだが、長くなるのでここでは携帯電話だけに絞ろう。インターネット接続を前提としたデータ中心の携帯電話産業の現在の形態(以下「ネット携帯電話」)の起点は1999年のiモード開始である。そのすぐ後に日本では3G高速通信が開始され、インターネット接続とデータ通信が急成長していく。高機能多機能な端末を作るメーカー、販売奨励金等に支えられた販売店網、コンテンツ・プロバイダー、そしてこれらを垂直統合して提供する通信キャリアというエコシステムができあがり、日本のネット携帯電話は右肩上がりの成長を続け、2007年には普及台数が1億台を超えた。しかし2000年代後半になると成長は鈍化し、2007年に総務省が主宰したモバイルビジネス研究会が販売奨励金廃止を打ち出したこともあり、ついに2008年、携帯電話販売台数は減少に転じた。

しかし不思議なことに、これだけ日本でネット携帯電話が盛り上がっても、海外では相変わらず通話とメールがあれば十分という状態が続いた。NTTドコモがiモードを広めようとして多額の投資をして海外進出したが見るも無残な失敗に終わった。アメリカはPC文化だから携帯でネットはしない、日本人と違って外国人は指が大きいから携帯電話でネットはしない、等々の様々な説明がなされた。それらも相応に妥当だったのかもしれないが、さらに不思議な、というか困ったことにアップルが米国で2007年にiPhoneを発売(日本では2008年発売)、アップルに対抗してグーグルがアンドロイドOSを無償で提供し始め、あれよあれよという間に世界中でスマートフォン・ブームが巻き起こって現在に至っている。スマートフォンは要するにケータイが多機能になり、ネットにつながるということである。スマートフォンに対してガラパゴス・ケータイ、略してガラケーと呼ばれるようになった日本の従来の高機能・多機能ケータイの立場はどうなる! と言いたくなるのも無理はない。日本人以外はケータイでネットをしないのではなかったか?

このように同じように多機能・高品質でネット利用を前提としたスマートフォンとガラケーだが、かたやガラケーは凋落(*1)、スマートフォンは世界中でブームどころか日本でも2010年後半に各キャリアが本格的に海外製スマートフォンを導入し始めた。これではiモード開発に関わった夏野さんが「ガラケーはスマートフォンに先行していた、進んでいた」と叫んだところで日本勢はなすすべもない。

なぜ海外では日本製ガラケーではなくスマートフォンが成功したのか。
答えはまさに「ガラケーは統合化されていたから」である。高速通信でネット中心にデータ中心の利用というガラケーは、高機能・多機能端末を作るメーカー、原価の高い端末を大量に販売する販売網システム、コンテンツ・プロバイダー、そこに価値を見出してデータ通信サービスを利用するユーザという多数の参加者からなるエコシステム(生態系)である。例えば高機能・多機能端末を作るメーカーは開発費を含めてかなりの投資が必要になるが、それを回収できるだけ売れるかどうかリスクが高い。そもそもコンテンツが多くなければ魅力的なサービスにならないが、ビジネスとして成立する見込みがなければ優良なサイトやコンテンツが提供されない。このように、サービス開始当初はどの参加者にとっても卵が先かニワトリが先か、の状況になる。日本の携帯電話産業では通信キャリアが垂直統合型でリスクを負担し資金を出し信用を付加することによって、この状況を脱することができた。NTTドコモが高機能・多機能端末を買い取りをコミットすることによって端末メーカーのリスクを負担し、販売奨励金等で端末を低価格で販売することを可能にして販売網システムを支え、NTTドコモの信用によって大企業のサイトを誘致し、それがさらにサービスの信用を高めて他のサイトやコンテンツを集めるのに役立った。NTTドコモが新たなガラケーというアーキテクチャを設計し、各サブシステムを配置したのである。ファイン=クリステンセン説の示すとおり、ネット携帯電話のライフサイクルは統合型で始まった。

ファイン=クリステン説に従えば、統合型で始まった製品(サービス)はやがてモジュール化の圧力にさらされる。事実、かなり早い段階からiモードでは公式サイト以外に勝手サイトと呼ばれる非公式サイトが多数生まれた。2006年にはユーザーが携帯電話番号を変えずに通信キャリアを変更できるモバイルナンバーポータビリティ(MNP)が導入され、2007年には総務省モバイルビジネス研究会(*2)によって販売奨励金廃止が提言され、2009年には総務省通信プラットフォーム研究会(*2)が通信キャリアの課金・認証システムの開放を通じてモジュール化を促すなど、市場からも政策面からも強いモジュール化の圧力がかかり続けてきたし、その多くは実施されてきた。この他にMVNOやSIMロック解除などもある

少し時計の針を戻して、2000年代、iモードを初めとする日本のガラケーシステム全盛期に、なぜ海外ではこれが普及しなかったのか。今から過去を振り返れば明らかなように、海外でもケータイでネットを利用する高機能端末の需要はあったのだが、前述のようにiモードは海外展開に失敗した。海外では日本ほど強く通信キャリアが垂直統合しておらず、アメリカのように比較的日本に似て端末と通信サービスがバンドルされている場合でも、需要が定かでない中、通信キャリアが3G設備の投資を急いで新たに高機能端末の開発・在庫リスクを負いつつコンテンツを集めることは現実的ではなかった。NTTドコモが海外で成功するためには、日本でそうしたように卵か先かニワトリが先かを解決するため、自らリスクを取ってエコシステム全てを整える必要があったのだが、それは現実的ではなかったようだ。夏野(2011)はNTTドコモの海外展開失敗の理由として「51%以上の株式を取得し、企業を実質的に買収しなければ、先に挙げた成長エンジンを正のスパイラルで回すことはできない」(p.86)、「技術だけでは、本来ビジネスモデルが生み出している利益を得ることはできない」(p.88)と指摘しているが、同じことを述べていると思われる。海外ではガラケーのアーキテクチャ設計、モジュール配置を行う統合者がいなかったのである。

ところが統合者は通信キャリア以外の思わぬところから現れた。2007年、アップルはiPhoneを発表し携帯電話産業へ参入した。
iPhoneの場合、ネット携帯電話のエコシステム参加者のうち端末メーカーはアップル自身である。アップルは携帯電話ネットワークを保有していないのでアメリカではAT&T、日本ではソフトバンクと手を組んだ。通信キャリアと組むことによって端末販売網と販売奨励金による初期費用抑制方式も同時に手に入れることができた。一方でアップルはアップルストアという独自の小売販売店網構築も進めている。コンテンツ・プロバイダーは、もともとiPodでiTunesを軸にしたエコシステムができていたため、スムーズにiPhone向けに拡張することができた。またiPhone, iPodとも画面が大きいため、既存のPC向けウェブページが閲覧可能であることもコンテンツの範囲を飛躍的に増やした一因である。日本では技術的に難しくないとは言え各キャリアごとにケータイ向けのページを作成する必要があったのとは対照的である。最も重要なのはiPodで確立していたiTunesを軸とした課金・認証のプラットフォームをアップル自身が押さえていた点である。日本のガラケーではここを通信キャリアが押さえていた。

アップルはもともとiPodで築いていた資産を最大限iPhoneで活用するスタイルを採り、自ら手がけられない通信ネットワーク部分を通信キャリアと組むことによって同時に敷居の低い販売方法と販売網を手に入れた。こうして、アメリカ式ネット携帯電話(スマートフォン)の垂直統合が実現したのであるが、それは日本のネット携帯電話(ガラケー)の垂直統合とは統合者のレイヤーが異なる点で、似て非なるものであった。

iモード(NTTドコモ)
   
 
コンテンツ・アプリケーション
レイヤー
 
コンテンツ・
プロバイダー
  ↓審査非オープンインターフェース
 
プラットフォーム(認証課金)
レイヤー 
 
認証課金
   
 
ネットワーク
レイヤー
 
携帯電話
自社
NW
   
 
端末
レイヤー
 
端末メーカ-
から買取
   
自社販売



iPhone(アップル)
   
 
コンテンツ・アプリケーション
レイヤー
 
コンテンツ・
プロバイダー
  ↓審査非オープンインターフェース
 
プラットフォーム(認証課金)
レイヤー 
 
iTunes
App Store
   
 
ネットワーク
レイヤー
 
携帯電話NW
ソフトバンク
   
 
端末
レイヤー
 
iPhone
   
Apple Store
キャリア販売



ここでいくつか疑問がわく。
1)アメリカでアップルによってネット携帯電話の「ニワトリ・卵」が解決され、ひとたびネット携帯電話のエコシステムが定着すれば、日本のガラケーもスマートフォン同様に売れるはずであるが、2011年春時点では日米ともにスマートフォンの勢いが圧倒的である。それはなぜか。

2)ファイン=クリステンセン説に従えば、統合型サービスもやがてモジュール化の圧力にさらされる。現に日本ではガラケーのキャリア垂直統合は政策も含めて強いモジュール化圧力にさらされてきた。ガラケーは、そしてスマートフォンは今後どうなるだろうか。


(*1) とは言え、売上ベースではスマートフォンに勢いがあり注目されているものの、累積台数では未だガラケーが圧倒的に多い
(*2) 本稿のレイヤー構造は、これらの報告書をベースにしている。

<参考文献>
夏野剛『iPhone vs. アンドロイド』アスキー・メディアワークス,2011
総務省「モバイルビジネス研究会」最終報告書,2006
総務省「通信プラットフォーム研究会」最終報告書,2009
丸川知雄・安本雅典編著『携帯電話の進化プロセス』有斐閣,2010

2011年4月2日土曜日

統合化とモジュール化 東京電力とNTT

安全安心。
今般の東日本大震災で改めてクローズアップされることになった安全安心は「統合化とモジュール化」においても非常に重要な論点で、ちょうどこれから論考を進めるところだったのだけれど、現実が先回りしているので、ちょっと先に書いておきたい。

かつて2003年頃に米国産牛肉がBSE騒ぎで輸入禁止になったとき、吉野家の安部社長は「安心と安全は違う」と発言した。安全を求められれば客観的に定量化された基準をクリアすれば良いが、安心を求められると短期的には対応しようがない。安心は顧客の主観的問題だからだ。
また、山岸(2008)は安心と信頼を対比させ、日本は安心社会で閉鎖的村社会の相互監視によって、米国は信頼社会で流動的社会の制度(法律)によって取引の安全が担保されているという。

しかし、ここではあまり深入りせず、一般的用法として安全安心の語を使おう。
前回のエントリ、統合化とモジュール化 21世紀のアップル 1で明らかにしたように、統合化にあってモジュール化にないメリットが安全安心である。例えばPCを自作した場合、それが動かなくなっても、相談するカスタマーセンターがない。いわゆる自己責任だ。これではよほど金銭に余裕があるか、スキルが高い人でないと手が出せない。趣味としてはOKでも一般への普及は難しい。また、仮に家庭で使用している家電製品が加熱による火災などの事故を起こせば財産のみならず生命にも危険が及ぶから、安全安心なメーカー品を買おうとする心理が働く。
このように、安全安心が重要視される場合、その製品/サービスは統合化されている必要がある。クリステンセン的に言えば、「安全安心が不十分」なのだ。仮にモジュール型のアーキテクチャであっても、完成品メーカーがパッケージ化し、顧客に対して最終的な責任を負う。

安全安心が重視されるのは前述のようにユーザから見て、製品が高価だったり、事故が起きた場合の損害が重大な場合である。このような場合には最終製品形態において統合化が要求される。
先行研究において、自動車産業はすり合わせが必要なのでインテグラル(統合型)とされているが、一つには安全安心が非常に重要な製品であるので、少数の大規模な完成品メーカによって提供されるという側面があると思われる。

安全安心は以下の三つの要素からなる。
1)製品自体の耐久性、安全性が高い
2)ただ一つの窓口が責任を持って対処(通常はメーカーまたは売り手)
3)万が一事故が起こったときに対処/賠償する体力がある

自動車で言えば、自動車は高価であり、事故時のリスクが非常に高いので安全安心が重要である。そこでトヨタが統合化製品として提供し、これら1~3を満たしている。

これまでの話のどこが東日本大震災と関係しているのだろうか。賢明なる読者であればお気づきであろう、そう東京電力である。今日、東京電力は福島原子力発電所の事故に端を発してその垂直統合的独占性を批判されている。ではなぜ垂直統合的独占が続いてきたのか。本論の観点で言えば(*1)、電気は事故時のリスクが高いから高度に安心安全が要求される。だから一社で統合的に提供されてきたのだ。
では、どうすれば良いか。クリステンセンに従えば、電気における安全安心が現状で不十分なら統合したままでよい。もし十分ならモジュール化すべきということになる。
電気は電気事業法等で規制されており、他の産業のようにいつの間にかモジュール化が進行、ということがないから、モジュール化を進める場合(競争を導入する場合)は政策的な合意と方向付けが必要になる。

・通信のモジュール化
電気事業における発電/送電/配電は、通信における長距離/市内/アクセス回線と似ている。かつて長距離/市内/アクセス回線を一手に握っていた電電公社は1985年に民営化、さらに1999年には分割された。その結果、競争が行われ通信サービスは多様化し、通信料は大幅に低下した(低下が十分かどうかは別)。さらにこの通信自由化が後のインターネット普及とIT革命の布石となった。

電電公社が民営化されるときも、NTTが分割されるときも「安全安心が失われる」という反対論があった。そして前述のようにその主張はある程度正しい。問題は安全安心が十分か否か、である。
結論として、安全安心は十分だった。たぶんかなり余裕を持って十分だった。理由は簡単で、国のインフラを支えるエリートとして、優秀な人間がプライドを持って、潤沢な資金をつぎ込んで高品質なネットワークを作り上げてきたからである。だからすでに「十分」なラインのはるか上方にいたため、モジュール化(競争及び他社との接続、設備貸出)で多少の安全安心が失われたとしても、依然として安全安心は十分だったのである。わかりやすく言うと、合格点が80点のテストで、統合型が98点、モジュール型が95点だと、確かに点数は相対的に下がったが余裕を持って合格という点に変わりはない。

・電気もモジュール化へ
この通信モジュール化の記述は、東京電力にも当てはまらないだろうか。特に「国のインフラを支えるエリートとして、優秀な人間がプライドを持って、潤沢な資金をつぎ込んで高品質なネットワークを作り上げてきた」など(注)。日本的特質としてしばしば指摘されるオーバークオリティだとすれば、わずかの安全安心低下を受け入れて電気のモジュール化で発電/送電/配電をアンバンドルして競争を導入し、通信自由化がIT革命を準備したように電気のモジュール化で太陽光、太陽熱、風力、小水力など再生可能エネルギーによる発電を増やし、同時に送電/配電側でもサービスや料金のイノベーションを期待したい。

それらのイノベーションが少しでも東日本大震災の復興の力となり、またそれらのイノベーションが日本発で世界に広がっていけば素晴らしいことだろう。


(注) 福島原発が世界中を不安に陥れている中で安心安全を論じるのを疑問に思う方もいると思うが、本エントリでは原子力発電を含まないで考察している。そもそも原子力発電は東京電力が独自に進めているものではないし、意思決定やコスト構造も不明確である(東京電力の事故対処を是認しているわけでない)。筆者は電力ネットワークをモジュール化した上で原子力関連はすべて電力会社から切り離し、(原発が存続する場合には)原発で作られた電気を電力会社が購入するように変更すべきと考えている。

(*1) 経済学/経営学的に言えば、公共的事業の自然独占云々となるのだが、ここでは割愛。


<参考文献>
山岸俊男『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』集英社インターナショナル 2008
藤本隆宏他『ものづくり経営学』光文社 2007

2011年3月21日月曜日

統合化とモジュール化 21世紀のアップル 1

1990年代、パソコンの不十分は「速度」「容量」という機能性と、「互換性」「相互運用性」という信頼性だったから、そこを統合化により解決していたインテルとマイクロソフトは我が世の春を謳歌した。しかしクリステンセンが指摘しているように、絶えざる技術の進歩によって不十分もいつか克服され、ユーザの要求を追い抜いて「十分」になってしまう。こうなると、ユーザはその性能向上に対して追加コストを負担しなくなり、その商品はコモディティ化が進行する。その結果、速度・容量と互換性・相互運用性の重要性が相対的に低下し、そこを受け持っていたインテルとマイクロソフトの地位も相対的に低下するだけでなく、彼らが受け持っていた部分のモジュール化が進行するはずである。

実際、マイクロソフトはその強大な影響力ゆえ1998年に提訴され2000年6月にはOS事業とアプリケーションソフト事業に分割される命令が出されたが、2001年11月には分割を回避する和解が成立した。この分割回避は2000年前後のITバブル崩壊やリナックス普及を背景としたマイクロソフトの地位低下を裏付けるものであり(*1)(*2)、実際にAT&Tが分割されて(1984)、強制的にモジュール化が進められたのと対照的である。

新しい科学技術は、学術もしくは研究分野で誕生し、有用性が確認された時点で企業用途に使われ、最後に一般コンシューマ向けに普及していくことが多い(*3)。この過程で信頼性は向上し、価格は低下する。この過程を新技術普及パターンと呼ぼう。もちろん、有用性や信頼性が十分でなかったり、普及価格帯まで価格が低下しない場合にはこのパターンの途中で終わることになる。
通信一般、特にインターネットは新技術普及パターンの典型的な事例であるし、昨今クラウド・コンピューティングと比較される電気の発明・普及も同様である(*4)。

2000年頃には機能性と信頼性が「十分」になったPCは、この頃からブロードバンド化が急速に進行したインターネット接続と一体となって、それまでのビジネス領域や個人のイノベーター、アーリー・アドプターを超えて一般コンシューマに受け入れられていった(*5)。なお、ここでは『キャズム』の分類に加えてビジネス向け/コンシューマ向けの分類を加えており、PCがビジネスに普及した後に一般コンシューマに普及していった点を重視している。
新技術普及パターンの重要な含意は、企業向けから一般コンシューマ向け即ち一般家庭向けへの移行に伴って製品/サービスの性格が変化することである。この変化をコンシューマー化と呼ぶことにしよう。
  • ビジネス → プライベート
  • フォーマル → カジュアル
  • 複雑で専門的 → シンプルで簡単
  • 自己責任 → 安全安心
21世紀に入ってPCのコンシューマー化はどういう経緯をたどっているのか?


※2011年6月6日:最近の考察を反映して「カジュアル化」を「コンシューマー化」に修正


(*1) 浅井(2004) pp.133-134
(*2) 既に述べてきたように、マイクロソフトはユーザを初めとするPCエコシステム参加者に便益を提供してきた点も考慮されたであろう。
(*3) Cowhey, Peter and J.D.Aronson (2009)
(*4) カー(2008)
(*5) ムーア(2002)は、新技術に基づく製品を受け入れるユーザ層を区分し、時間的な順に、イノベーター、アーリー・アドプター、アーリー・マジョリティー、レイト・マジョリティー、ラガードに分類している。ここでいう一般コンシューマは、アーリー・マジョリティーとレイト・マジョリティーをイメージしている。

<参考文献>
ニコラス・カー,村上彩訳『クラウド化する世界』翔泳社 2008
ジェフリー・ムーア,川又政治訳『キャズム』翔泳社 2002

2011年3月5日土曜日

統合化とモジュール化 interlude

筆者のアツい思いと切れ味の悪さにより思いのほか長くなっているので、ここまでの話を整理しよう。

一般に製品ライフサイクルの中で導入時は統合型であり徐々にモジュール型に移行する。モジュール型であっても内部に統合された部分が存在し、その部分的統合も徐々に移動する。部分的統合が行われるのは、ユーザが機能的に「不十分」と感じる部分と、インターフェースの固定化が不完全な部分である(*1)。

パーソナルコンピュータの世界ではIBM-PC互換機がモジュール化し、モジュールレベルでの飛躍的な性能アップが進んだ。だがモジュールレベルの性能アップがモジュール化の絶対的な優位を意味するわけではない。変化が激しい環境では製品アーキテクチャがボトルネックになるからモジュール型より統合型が優位な場合もある。
通常であれば各モジュールが大幅に性能向上を実現し続ければPCアーキテクチャが「速度」「容量」のボトルネックになるところ、そして実際にボトルネックになったのであるが、インテルが中心となってPCアーキテクチャをバージョンアップし、マイクロソフトが中心となって相互運用性と互換性を維持したため、PCは長期にわたってITの中心機器であり続けた(*2)。このモジュール型の弱点を何回も克服した点がPCの歩みの特異な点だと言えるだろう。

PCでは明確で固定されたインターフェースで区切られた先のモジュールレベルでは激しい競争が行われ急速な性能向上を実現する一方、インテルとマイクロソフトが統合型の特徴であるアーキテクチャのボトルネック解消や基本信頼性を請負っていた。即ちモジュール型と統合型の良いところを取り入れるハイブリッド型とでも呼ぶべき形態であった。
これに単純統合型で対抗したアップルは1990年代後半に苦境に陥った。

これが1980年代から1990年代後半にかけての物語。
では2011年現在、アップルが統合型で絶好調なのはなぜか。これが次の問題。


(*1) 厳密に言えば、後者はモジュール化の定義から当然に導かれる。統合型からモジュール型へ移行する条件の一つがインターフェースの固定だからである。
(*2) 別な言い方をすれば、ユーザが相互運用性と互換性を強く要求したために、断絶的な変化による性能ジャンプアップよりも、PCアーキテクチャー維持による漸進的な性能アップが選ばれた

統合化とモジュール化 二重らせん構造 6

モジュール化の典型とされるPCにおいてインテルとマイクロソフトが果たしてきた役割を考えると、PCアーキテクチャーが「速度」「容量」において技術的限界を迎えるたびにPCアーキテクチャを温存したままその限界を乗り越えてきたのは先に述べたようにインテルの優れた協調戦略に拠るところが大きかった。もちろんそれは自らが覇権を握る業界構造を壊したくなかったインテルのビジネス上の判断の結果である。
そこにマイクロソフトの協力があったのも事実だが、むしろマイクロソフトの功績は各々がすさまじい勢いで性能を上げていくモジュール、即ちハード、周辺機器、アプリケーションをつないでPCとして一体的なパフォーマンスを保証するまとめ役を努め続けたことであろう。マイクロソフトが提供してきたのはPCというエコシステム(生態系)の互換性(compatibility)および相互運用性(interoperability)だったのだ。

新たな製品として統合型でPCが導入され、各モジュールのインターフェースが公式・非公式に知られていきモジュール化が進む(*1)。この過程で、即ちインターフェースの固定化と情報共有が不完全な段階で、PCの場合は各モジュールが急速に性能を向上させ、また新たな機能や周辺機器が加わった。1990年前後にPCを自作するときに、機器同士あるいはメーカー同士の「相性」が重要だったことを覚えている方も多いだろう。これがインターフェースの固定化が不完全な例である。
PCアーキテクチャが技術的限界を迎える前にインテルが中心になってPCアーキテクチャの拡張を行った。バス、CPUの進化やUSBへの切り替え等である。このようにPCアーキテクチャが進化すると過去の資産との互換性が大きな問題になると同時に、拡張された新しい性能を活かすための新しい機器、ソフト間の相互運用性の確保もまた容易ではない。
マイクロソフトのOSはこれをカバーしてPCとして一体のパフォーマンスを保証する役割を果たしてきた(*2)。

PCの長い歴史の中でマイクロソフトはOSを通じて以下の2点を提供し続けてきた。
1)インタフェースの固定化と情報共有が不完全な段階で、モジュール間の相互運用性を確保
2)インターフェースおよび各モジュールが世代交代する中で互換性を確保

クリステンセンがモジュール構造の中で機能性、信頼性が十分でない部分が統合化される、と指摘する信頼性に該当するのがこの相互運用性と互換性である。この場合の相互運用性と互換性を基本信頼性と呼ぶことにしよう。
基本信頼性とは例えばPCエコシステムにおける関係者(ユーザに限らず完成品メーカや部品メーカ、ソフト開発者等)の「このソフトを買って帰れば家のPCで使えるだろう」とか「この部品や周辺機器は指示に従って取り付ければ問題なく動作するだろう」とか「このPCを買えば過去のソフトとデータも引き続き使えるだろう」というPCに対する期待である。

ユーザがPCに感じていた不十分は「速度」「容量」という機能性と、「基本信頼性」という信頼性であった。だからその部分はモジュール化されずインテルとマイクロソフトが担当してきたのである(*3)。

(*1) 非公式に拡散していったのがIBM システム/360の事例である
(*2) この見方はマイクロソフトの懸命の努力にもかかわらず、同社がモバイル分野で苦戦を続けている事実とも整合的である。携帯電話では使い勝手を含めてPC世界の過去の膨大な資産(むしろ負債)の互換性は重要でないから同社は優位性を発揮できない。
もっとも2010年からブームを巻き起こしているスマートフォンは携帯電話のPC化であるという筆者の見方に立てば、マイクロソフトの巻き返しのチャンスかもしれない。
(*3) インテルも基本信頼性の問題に対処するためチップセット統合やマザーボードへの進出を行っている

<参考文献>
志村拓、並木由起男、榊隆『AT互換機を256倍使うための本』アスキー 1994

2011年3月2日水曜日

統合化とモジュール化 二重らせん構造 5

「技術革新対応にはモジュール化」は正しくない。
Langlois and Robertson(1992)がパソコンの激しい変化を念頭において、モジュール化の意義として技術革新への対応を挙げて以来、「技術革新対応にはモジュール化」という見方は我々の経験に照らして当然のこととして広く受け入れられてきた。
だが「技術革新対応にはモジュール化」は正しくない。十分には正しくない、と言うべきだろう。なぜならファイン、クリステンセンが指摘するように統合型、モジュール型はそれぞれ異なる状況に適しており、異なるタイプの技術革新に対応するからだ。製品アーキテクチャ自体を変えるような大きな技術革新は全体を統合していないと対応できない。ある程度製品アーキテクチャが落ち着いてくるとモジュール化が進行し個々のモジュールレベルの技術革新に対応する。

「モジュール化も統合化も技術革新に対応する」のである。

だがこの説明は1990年代のアップルについて直感的な疑問を呼び起こす。
パソコンが成熟期に入って大きな変化がなくなりモジュール化が進んだことと、パソコンの世界では激しい変革が続いたからハード面でアップルが追随できなかったという事実を同時に説明できるのか。

1977年設立のアップルを追ってIBMが最初のパソコンIBM-PCを発売したのが1981年。それ以降、IBM互換機と周辺機器市場が急速に立ち上がったが、初期には他の独自規格PCがあったし、アップルも強い支持を得ていた。IBM-PC互換機の基本形は初期から今に至るまでさほど変わっていない。一方で処理速度、記憶容量は初期から現在に至るまで長期にわたって激しく向上し続けている。我々が1980年代から1990年代後半にかけて目にしたパソコンの熱い激動は、アーキテクチャが落ち着いた後のコンポーネントレベルの技術革新だったのだ。

それでもなお疑問が残る。
1980年代から1990年代に渡って、単にコンポーネントレベルだけではなく、バスは8 bit, 16 bit, 32 bitと上がり続け、接続コネクタもシリアル、パラレル等の専用コネクタから、汎用コネクタであるUSBと変遷した。さらにCPUが286, 386, 486, ペンティアムと変わるたびに周りのハード、ソフト、OSすべてが協調して対応しなければならない。モジュール間のインタフェースが固定されているから各部品メーカが勝手に開発、では越えられない壁をいくつも乗り越えてきたのがIBM-PC互換機の歴史だ(*1)。

例示したバス、USB、CPU。これらには共通点がある。それはインテルがコントロールしている点である。インテルは自らの担当モジュール開発にとどまることなく、周辺機器ベンダーを初めとするサードパーティをうまくとりまとめPC全体の能力をアップさせる多大な努力をしてきた。この点はガワー、クスマノ(2005)に詳しい。いわゆるプラットフォームとかエコシステム(生態系)いうものだ。
PCのハードウェア/アプリケーションソフト/周辺機器を仲立ちするのがOSである。だからインテルがPCの基幹部分のジャンプアップを行うとき、必ずOSの事前の密接な協力が必要であり、インテルとマイクロソフトの密接な協業がPCの長期発展には不可欠であった。

1980年代前半に決まったIBM-PC互換機の大枠の中で、インテルとマイクロソフトが協力して20年以上の間、速度と容量を劇的に増大させ続けてきたが、そのためには部品/周辺機器/アプリケーションソフト関係者すべての調整が必要であった。言い換えればモジュール型の弱点である、全体統括者がいない点およびモジュール間の調停者がいない点をインテルとマイクロソフトが補ってきた(*2)。これがPCの歴史を例外的たらしめている大きな要因であろう。

ファイン=クリステンセン説でまとめれば、IBM-PC互換機は早い時期にアーキテクチャとしての成熟期(安定期)に入り、モジュール化された。その後常に「速度」「容量」が常に顧客の要望だったため、「速度」「容量」向上を果たすための「十分でないところ」、即ちCPUとOSはモジュール化されず部分的に統合型となり、その結果、部品、周辺機器、アプリケーションソフトメーカーはインテルとマイクロソフトが定める固定インタフェースに則って各モジュールの性能向上に集中できた。

これで万事めでたしと言いたいところだが、ファイン=クリステンセンはこうも指摘している。
不十分であったところもやがて十分になり、顧客が追加コストを支払わなくなって再度モジュール化が進行する、と。PCにおける「速度」「容量」が十分になったら何が起きるのだろうか。

(*1) 逆に言えば、IBM-PCアーキテクチャの限界を超えられなかったなら、我々は現在もう少し素敵な「別のPC」を手にしていたのかもしれない。
(*2) 過去の資産も考慮すると、周辺機器×ソフトウェア×内部部品の組み合わせは膨大な数に上る。本来モジュール化された製品では後方互換性に誰も責任を持たないが、PCではインテル、マイクロソフトが可能な限り互換性を確保する努力をしてきた。昨今話題のアンドロイドについてこの問題はどうなるのであろうか。

<参考文献>
浅井澄子『情報産業の統合とモジュール化』日本評論社 2004
アナベル・ガワー、マイケル・クスマノ、小林敏男監訳『プラットフォーム・リーダーシップ』有斐閣 2005

統合化とモジュール化 二重らせん構造 4

クリステンセン(2003)は、モジュール型と統合型(*1)にはそれぞれ適した競争状態があるという。ライフサイクルに応じて競争状態が変化し、その変化に応じて最適な構造が選択されるべきということだ。

1)統合型
製品が十分でない状況では統合が有利である。製品が機能性と信頼性が十分でない状況では、企業はできる限り優れた製品を作る必要がある。モジュール型はインターフェースの標準化により設計の自由度が低いから、統合型の提供する機能性、信頼性にかなわない。

2)モジュール型
製品機能の向上が一段落すると、大きな変化はなく持続的部分的改善が進む。機能性と信頼性は十分なレベルに達したのだ。機能性はもう十分なので、インターフェースを固定して多少の自由度が制約されても問題ない。統合型でより良いものを提供しても顧客はそれを評価してくれない。顧客の要望は便利さや速度にシフトしてくる。これに対応するにはモジュール化が適している。こうしてモジュール化が進行する。
言うまでもなく、導入期・成長期を生き延びてきた過程で、参入をもくろむ競合企業は多数存在しており、彼らがモジュール毎に特化して侵食してくる。

3)再統合
時間の経過につれ製品が普及し、改善が進み、やがて顧客が重視する機能がシフトする。例えばパソコンの機能性と信頼性が向上し業務用途もこなすようになると、顧客の要望はマイクロソフトのOSと明確なインターフェースでつながったサードパーティのソフトウェア、例えばワードパーフェクトやロータス123を使うようになった(モジュール化)。さらにソフトウェア同士のデータやり取り(テキストファイルに限らず罫線、図形、計算式と値等々)が要求されるようになると、ふたたびその分野は十分でないことになり、マイクロソフトがOSとアプリケーションソフトの統合を行ってこれに対応した(統合化)。

再統合について、もう少し説明しよう。
ある製品が導入され成長する過程では製品の姿はしばしば変更され安定しないが、成熟期に入ると大きな変更は少なくなる。ここでいう製品の姿とは乗用車で言えば4本のゴムタイヤ、ハンドル、ブレーキとアクセル、エンジン、座席と荷室といった要素の組み合わせだ。これらをアーキテクチャという。成熟期に入って製品アーキテクチャが安定し累積ユーザ数が増大すると、顧客の要望がシフトしたときに影響を受けて統合化されるのは全体アーキテクチャの中の一部分である。パソコンならインテルCPU、マイクロソフトのOS、ハードディスク、キーボード等のアーキテクチャが定まったあと、その中で例えばOSとアプリケーションソフトの統合が起きる、ということだ。

従ってモジュール化から再統合化への流れはファインがいうような完全なゆり戻しではなく、あくまでもモジュール化構造の中で部分的な統合化が生じる、ということになる(*2)。

ファインの二重らせん構造をクリステンセンの指摘に伴い若干調整して製品ライフサイクルと重ね合わせると以下のようになる。

ライフサイクル
導入期
成長期
成熟期
衰退期
統合/モジュール
統合型
モジュール型
(部分的統合)
性 能
不十分
十 分


ここでクリステンセンによる1990年代のアップル凋落の説明を引用してみよう。

「パソコン産業の草創期には、独自アーキテクチャを持ち、最も統合化の進んだ企業、アップルコンピュータが、ずば抜けて優れたデスクトップコンピュータをつくっていた。これらはモジュール構造のコンピュータに比べて使いやすく、クラッシュの頻度も低かった。やがて、デスクトップ・コンピュータの機能性が十分上がると、IBMのモジュール型のオープンな標準アーキテクチャが優勢になった。十分でない状況では競争優位だったアップルの独自アーキテクチャは、十分以上に良い状況では競争の障害となった。モジュール式マシンを製造する特化型メーカーがパソコン産業の爆発的な成長を捉えると、アップルはニッチ・プレーヤーの地位に追いやられた。」(*3)


(*1) 同書では相互依存型となっているが、ここでは統合型としている
(*2) 実際には成熟期・衰退期には企業の水平・垂直統合が相当程度進むことがあるが、それはここで論じているモジュール化/統合化とは異なる要因によるものである。それらについても後ほど考察しなければならない。
(*3) クリステンセン(2003) pp.165-166

2011年3月1日火曜日

統合化とモジュール化 二重らせん構造 3

以前も書いたが、2000年のIT革命の騒乱の中で畑違いの分野からICTベンチャー創業に参加した。当時最先端だったウェブ制作やネット通販ではなく、地味な通信系だった。白状すると、ネット系と通信系が別々とみなされている、もっと言えば仲がよろしくない、というのを知ったのはだいぶ後になってからだ。まあでも、インターネットを広めたいという目的を果たすには間違っていない選択だった。
で、2000年の転職以来、しばらく仕事が忙しかったのでIT革命の意味とか今後を考えることから遠ざかっていたのだけれど、5、6年前に仕事が一段落したこともあり、社会人大学院(MBA)の門を叩いた。

入学してベンチャー論の関係文献を読んでいったのだが、実務家としてかなり違和感を感じることが多かった。それは2000年頃以前と以後では良くも悪くもベンチャーを取り巻く環境が大きく変わったので、2000年以前の文献を読んでもピンとこないのだ。会社を作って新興市場(現ジャスタックのこと)に上場するのに平均30年以上とか、それを前提にしたメインバンクからの借入れのポイント、とか言われても困る。問題は状況の変化であって、もちろん研究者のせいではない。

そんな中でベンチャー論とは関係なく読み始めたクリステンセン『イノベーションのジレンマ』に衝撃を受けた。大会社が小さな会社に倒される。そしてそれは経営者の失敗ではなく当然の成り行き。新しい事業には小さな会社が向いている、というメカニズムを理路整然と説明しているのだ(*1)。それを読んで、あぁベンチャー論で自分がやることはない、と悟りを開いた(*2)。

で、本題。
そんな我が心の師匠クリステンセン先生が、クリステンセン(2003)で統合化とモジュール型に言及している。しかもファイン(1999)の二重らせん構造、すなわち製品ライフサイクルの中で統合化/モジュール化が繰り返すという見方をベースに(*3)。

(*1) 同書は大企業側の視点で記述されている
(*2) それは筆者の心中の叫びであり、実際には研究テーマは事例にせよ実証にせよ、たくさんありますので、やる気のある方はふるってご参加ください
(*3) クリステンセン(2003) p166

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン、伊豆原弓訳『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』翔泳社 2001
クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー、櫻井裕子訳『イノベーションへの解』翔泳社 2003