『「若者はかわいそう」論のウソ』(海老原嗣生,扶桑社,2010;ブクログ・レビューはこちら)で、OECDレポート(2006)が若者の貧困論をミスリードした、みんな自分で原典あたれという指摘を読んだばかりだったので、これは天啓とばかり少し自分で調べてみました。
OECD Employment Outlook 2013 (PDF)
この中の Chapter 2 Protecting jobs, enhancing flexibility: A new look at employment protection legislation が該当箇所のようですね。正社員の解雇規制に該当するのは、p.78のEmloyment protection for regular workers in 2013でしょう。ここを読めば、正社員(とりあえず regular worker を正社員とします;以下の議論は正社員について)の解雇規制には次の3つのカテゴリが設けられていることがわかります。
- Advance notice and severance pay (解雇の事前通知と解雇補償)
- Procedural inconvenience (解雇手続の煩雑さ)
- Difficulty of dismissal (解雇の困難さ)
ネットで見かけた本件議論の中には「解雇の困難さ」というサブカテゴリの存在を理解していないと思われるものが見受けられましたが、調べものは原典に当たらねばなりませんね(てへぺろ)。また、いつの情報のどこのデータを見たのか人それぞれであることもデータ解釈が収束しない一つの要因かもしれません。
このように最新のOECDレポートの「解雇の困難さ」サブカテゴリだけを見れば、OECD平均の2.3に対して日本は3.0で8番目に解雇しにくい国ということになります。ちなみにスウェーデンやお隣韓国が同点です。
一番とは言えないにしても、正社員を解雇しにくい国と報告されていることは間違いないようですね。この見方を裏付けるように、OECD東京センターが発表している「雇用アウトルック2013-日本に関する分析」には「雇用保護規制に係るOECDの調査によれば、日本では、正規労働者には不当解雇への十分な保護がある」との記述があります。
さて、OECDレポートをもう少し見ていきましょう。
CALCULATING SUMMARY INDICATORS OF EPL STRICTNESS: METHODOLOGY
この中のTable 2 Strictness of employment protection – individual and collective dismissals (regular workers), summary indicator weights の level 3 として「解雇の困難さ」は以下の構成要素から算出されます。
5. Definition of justified or unfair dismissal
6. Length of trial period
7. Compensation following unfair dismissal
8. Possibility of reinstatement following unfair dismissal
9. Maximum time to make a claim of unfair dismissal
誤訳御免で日本語にしてみると、
5. 適法または不当解雇の定義
6. 試用期間の長さ
7. 不当解雇の場合の補償
8. 不当解雇の場合の職場復帰可能性
9. 不当解雇を主張することができる期間
これらの各項目を0〜6で評価付けし、5項目の平均を取ったものが「解雇の困難さ」を表します。点数が6に近い方が解雇しにくく(従業員が保護されている)、0に近い方が解雇しやすい(従業員が保護されていない)ことになります。
上述のようにOECD平均は2.3、日本は3.0、最も解雇しやすいのはカナダとイギリスの1.0で逆に最も解雇しにくいのはフィンランドやフランス、メキシコの3.4となっています。
ところでこれらの5項目をよく見てみると、7から9は不当解雇された場合の事後救済であって、解雇の困難さそのものを表しているわけではないことに気付きます。適法に解雇された場合には関係ないわけですから。
解雇の難しさを決めるのは適法な解雇の範囲。
残る5. 適法または不当解雇の定義について、OECD Indicators of Employment Protectionページでエクセルで提供されているデータ( Employment protection in OECD and selected non-OECD countries in 2013 )を見てみると、日本は6点満点で2点となっており、比較的解雇規制が緩いとされています。いや適法解雇の範囲が狭い(解雇規制が厳しい)ことこそが日本の特徴と(解雇規制緩和派からは)主張されているわけでちょっと引っかかります。先ほどのCALCULATING SUMMARY INDICATORS OF EPL STRICTNESS: METHODOLOGYに戻って調べてみると日本は
when social considerations, age or job tenure must when possible influence the choice of which worker(s) to dismiss(どの従業員を解雇するかの選択に当って、本人への影響度合いや年齢、勤続年数等を可能な限り勘案しなければならない)に該当すると判断されていまして、これは4段階のうち解雇しやすい方から2番目です。ではもう一段解雇しにくい(配点=4)と判断されるのは、
when a transfer and/or a retraining to adapt the worker to different work must be attempted prior to dismissal (解雇に先立って配置転換や配置転換のための再訓練が必要)で、さらに最も解雇しにくい6点満点と評価されるのは、
when worker capability cannot be a ground for dismissal (従業員の能力は解雇の根拠となり得ない)だそうです。
う〜ん、判例を考慮すれば4点、いや6点でもおかしくないと思うのですが。ちなみにこの項目が4点か6点のどちらであっても集計結果は3.4(同点一位)、3.8(単独一位)で栄えある「最も正社員を解雇しにくい国」の王座に就くことになります。
整理解雇と普通解雇が混同されているとの指摘があるかもしれませんが、国別解説における日本の説明では
Redundancy dismissals require business reasons for reducing the number of staff; efforts to avoid dismissal, reasonableness of selection criteria and procedures (余剰人員の整理は、人員削減の必要性、解雇回避の努力、解雇者選定の合理性と適正な解雇手続きを必要とする)
と記述されていますから、整理解雇の四要件は認識されているものの、運用実態が反映されていないという気がします。特に解雇回避の努力は十分に上記配点4に相当すると思うのですが。同じく国別解説のノルウェイの項では判例による解雇制限が加味されて5点という高得点が付与されている点も申し添えておきましょう。
さらに6の試用期間についても、通常の労働契約上の保護が適用されない期間として短い方が従業員にとって望ましいとされおり、一般的に3ヶ月とされる日本は4点と悪くない評価を得ております。しかしながら判例によって試用期間中と期間後でほぼ同等の解雇規制が適用されること、さらに言えば試用期間に入る前の新卒内定さえ一定の解雇規制に服すことを鑑みれば、従業員保護という観点からは試用期間をゼロ(配点=6)と評価しても間違いではないような気がしないでもありません。もしそうなれば、またもや日本は同点一位ながら「最も正社員を解雇しにくい国」の王座に就いてしまいます。
大企業と中小企業ではプラクティスが大きく異なる事実も反論として考えられますが、それはそれ、本件OECDレポートは法制度を中心に比較しているわけですから、条文と判例をもって判定すべきでしょう。
OECDはここらへんの判例含めて日本の実情を理解した上で判定していただいているのか、そこはかとなく疑問なしとしない、といったモヤモヤ感を残して今日はここまでとさせていただきます。
備忘メモを兼ねて書き連ねておりますので、お気づきの点やコメントあるいは誤訳がありましたら優しくお知らせくださればこれに勝る喜びはありません。
様々な主義主張の方もみんな一緒にメリークリスマス!