2012年5月26日土曜日

ウッドフォードさん、ちょっと違うかも

東洋経済の元オリンパス社長インタビュー記事(2012年5月25日付)。

ウッドフォード氏は、日本人はサムライと愚か者に分かれると指摘。愚か者はオリンパス新旧経営陣を、サムライは氏とともにオリンパス新旧経営陣を指弾する人を指すようです。
「イデオット(筆者注;愚か者)とは、たとえば先日(4月20日)のオリンパスの臨時株主総会で壇上に上がっていた人たちだ。不条理なことを言い、ふざけた行動をとる。
一方、サムライは信念を曲げず、人間関係によって態度をかえたりしない。たとえ戦うことになっても、妥協を選ばない」
ここにサムライについて重大な誤解がある気がします。
サムライは主君とお家に忠誠を誓います。このようなメンタリティが現代社会に持ち込まれると、上司は絶対であり所属組織の存続が最優先となります。その結果「会社のために世間を欺く」という企業不祥事が起きる。まさにウッドフォード氏が指弾しているオリンパスの事例でありましょう。

サムライの語が表象する武士道こそが、企業不祥事の多くの原因であり、コーポレート・ガバナンスの対処すべき課題なのです。
具体的な例として、昨今の会社法改正議論で注目を集めている社外取締役義務化の動きは、経営陣に忠誠を誓うのではない、会社存続を最優先に考えるのではない、独立した部外者の目を取締役会に導入しようとするものです。

このようにサムライの武士道すなわち「統治の倫理」は現代ビジネスと必ずしも相性が良くない、むしろ有害であるというのは、ジェイン・ジェイコブズが『市場の倫理 統治の倫理』で明らかにしており、これを受けて日本でも山岸俊男が同様の指摘をしています(例えば『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』)。

ウッドフォード氏はサムライという言葉で我々日本人の共感を集めたかったのかもしれませんが、適切ではない気がします。
もっとも、一貫して経営者市場という市場で自らの価値=評判を上げるための合理的行動をとっているウッドフォード氏は、ビジネスにおいては営利をわきまえた「市場の倫理」に基づいて行動をすべき、というジェイコブズや山岸の主張については、忠実に実践しているようですね。

日本では経営者市場があまり機能していないのでありますが。


<参考文献>
ジェイン・ジェイコブズ、香西泰訳『市場の倫理 統治の倫理』日本経済新聞社,1998
山岸俊男『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』集英社インターナショナル,2008

2012年5月21日月曜日

コンプガチャ 消費者庁規制の解説のような


5月18日、消費者庁より「「カード合わせ」に関する景品表示法(景品規制)上の考え方の公表及び景品表示法の運用基準の改正に関するパブリックコメントについて」が発表されました。

今まで報道されていたとおり、ソーシャルゲームのコンプガチャを景表法による規制対象とするものであり、逆に言えば景表法ではコンプガチャだけが規制されるわけであります。なお、厳密にはコンプガチャは新たに違法になるものではなく、従来から違法だったことが明らかにされたという建付けですね。

図1

<一度は>
先日のエントリ「ソーシャルゲーム ガチャと景表法」に書いたとおり、景表法の枠組みで景品規制を考える場合、取引付随性が問題になります。事業者が提供する製品/サービスそのものである取引(本体)と、この販売のために顧客を誘引する景品(おまけ)が要件です。そもそもゲーム運営者はゲーム提供を生業としていますから、景表法規制を検討するならゲームタイトル、例えば「探検ドリームランド!」を取引(本体)と考えるのが自然でありましょう(図1)。ところが、

消費者庁「ゲームが取引(本体)であって、ゲームに顧客を誘引するガチャが景品(おまけ)であろう。」
ゲーム運営会社「これは異なことを申される。ゲームは無料で遊べますから取引(本体)とは言えませんな(キリッ)」

というやり取りを経て(推測)、消費者庁の「ガチャは取引に付随する景品ではないので景表法の景品規制には該当しない」という認識を表したのが本年2月の日経報道だったのでしょう。

<再考 0518>
だがしかし。
消費者庁はもう一度よく考えてみました。何らかの理由で。何らかの理由で。大事なことなので二回言いました。

ガチャがダメならコンプガチャだ! とばかりに、コンプガチャを
1)有料のガチャ(シリーズA)
2)一定のカードが揃ったら特別カード取得(シリーズB)
という二つのプロセスに分解し、前者を取引(本体)、そして後者を景品(おまけ)とみなします。かつて「ゲームそのものは無料で遊べるから取引(本体)たり得ない」という反論があったせいか(推測)、消費者庁は、わざわざ「有料のガチャ」とした上でこれを取引(本体)としています(図2)。もはやゲームは無視。これじゃゲーム運営会社じゃなくてコンプガチャ運営会社になっちゃう。。。

図2

この新しい解釈の結果、コンプガチャだけがピンポイントで景表法に抵触することとされたのです。

<戦わずして?>
このロジックは議論の余地がないでもない気がする今日この頃ですが、既にゲーム会社は足並みを揃えて一斉に「コンプガチャ廃止」を表明済みであります。これにて一件落着、なんでしょうか。

なんとなく奥歯に物が挟まったようなエントリだな、と思った読者は読解力があります。ここから先は先日のエントリ「続 ソーシャルゲーム ガチャと景表法」を改めてご参照願う次第なのであります。


いつも通り、お気づきの点がありましたら優しくご教示をお願いします。

2012年5月11日金曜日

ソーシャルゲームと景表法 関連法令集

ソーシャルゲームのコンプガチャ騒動に関する景表法関連法令集。

不当景品類及び不当表示防止法(景表法)

景品類の価額の算定基準

不当景品類及び不当表示防止法第2条の規定により景品類及び表示を指定する件(定義告示)

景品類等の指定の告示の運用基準

懸賞による景品類の提供に関する事項の制限(懸賞制限告示)
 → コンプガチャが5項(カード合わせ)に該当し、提供禁止
 → かつてのビックリマンチョコは3項によりレアカードの高級処理ができなくなった…

「懸賞による景品類の提供に関する事項の制限」の運用基準
 → 4項によりチョコボールの金・銀エンゼルはカード合わせに該当せず禁止されない

一般消費者に対する景品類の提供に関する事項の制限(総付け景品制限告示)
 → かつてのビックリマンチョコは当初こちらと認識していたらしい

「一般消費者に対する景品類の提供に関する事項の制限」の運用基準

2012年5月10日木曜日

続 ソーシャルゲーム ガチャと景表法

5日のエントリ「ソーシャルゲーム ガチャと景表法」の続き。

コンプガチャが景表法の絵合わせに該当し違法であるとの消費者庁の見解により、ソーシャルゲーム運営会社が相次いでコンプガチャの廃止を表明しています。最大手2社は「ただちに違法とは考えていないが」廃止と発表。

・2012年5月10日付 日経電子版「コンプガチャ全廃へ グリー・DeNA・サイバーなど

<違法ではないけれど?>
今までコンプガチャで高収益をあげてきたわけだし、5月末まで継続するのだから「違法です」と認めるわけにはいきませんね。でもそれだけではありません。「ソーシャルゲーム ガチャと景表法」で指摘したように、消費者庁は本年2月の時点でガチャ一般が景表法には抵触しないと表明しているのです。

<景表法>
今回焦点となっている不当景品規制について、一般的な規定の独占禁止法に対し景表法は対象を「取引に付随した景品類」に限定しています。
景表法2条3項
この法律で「景品類」とは、顧客を誘引するための手段として、その方法が直接的であるか間接的であるかを問わず、くじの方法によるかどうかを問わず、事業者が自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を含む。以下同じ。)に付随して相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であつて、内閣総理大臣が指定するものをいう。
このように景表法の景品とは、顧客を誘引するために何らかの取引(言わば「本体」)に付随するもの(言わば「おまけ」)です。ソーシャルゲームについて、もしコンプガチャが景品=おまけなら、本体たる取引はなんだろう? ゲームそのものが本体というならコンプガチャはゲーム販売において「顧客を誘引」するおまけなんだろうか。むしろゲームの構成要素ではないだろうか。
このように、コンプガチャの取引付随性には疑問の余地がないでもないのです。ガチャ一般について消費者庁が本年2月時点で「ガチャは取引に付随する景品ではないので景表法の景品規制には該当しない」と考えたのも同じ理由でしょう。

ところで、違法でないと考える余地があるなら、なぜ争わずに収益性の高いコンプガチャを廃止するのでしょうか。「違法とは考えていない」のであれば、しかも上記の消費者庁見解があったことを考え合わせれば、消費者庁の正式なアクションを待って、それに対して上記のような論点について公の場で議論を重ねるべきでしょう。なぜ戦わずして白旗なのか。しかもみんなで。

ソーシャルゲームのガチャ一般についての法的論点は、景表法、賭博罪(刑法185条)およびそれに関連して風営法があります。
【景表法=みくる】、【賭博罪=有希 & 風営法=ハルヒ】
といった感じでしょうか。本件での戦闘力の例えとして。え、わからない? じゃわかりやすく。
【景表法=真尋】、【賭博罪=クー子 & 風営法=ニャル子】
そう、もし戦えば目の前の景表法=真尋を倒すことはできても、後から出てくるクー子とニャル子によって自らの存在を否定されてしまうことは確実なわけです。だったら戦わずして白旗ですね。

<超局地戦>
「景表法の絵合わせvsコンプガチャ」ってすごくピンポイントの局地戦です。攻める方も守る方も。攻める方にとってこの戦術を意味づける戦略は、賭博罪&風営法という最終兵器を使わずに勝つということなのでしょう。戦略は目的を達成するためのもの、とクラウゼヴィッツは言います。ではこの戦略の目的はなんでしょうか。それはたぶん
ソーシャルゲーム業界が持続的に成長できるような自己規制を導入すること。
まとめると、ソーシャルゲーム業界の持続可能な成長のために自己規制を導入する(してもらう)という目的があり、それを実現するための戦略として強力(過ぎる)賭博罪&風営法を後方配置した上で、極めてピンポイントな個別戦闘すなわち「景表法の絵合わせvsコンプガチャ」が戦術として設定された。

誤解を恐れずに言えば、「景表法の絵合わせvsコンプガチャ」は一つのパーツに過ぎず、消費者庁も多くのプレイヤーの一人に過ぎなかったのかもしれません。少なくとも今回は消費者庁の強権とか新興産業つぶしという批判はあたらない気がします。
いずれにせよソーシャルゲーム業界には、これからが本当の正念場ということになりそうです。この見方が正しければ、自主規制対象はコンプガチャだけではありませんし、いつでもクー子&ニャル子(最終兵器)発動があり得るのです。目的が達成されるまでは。

<リークと決算発表>
連休明けの5月8日、9日にソーシャルゲーム運営会社大手の決算が発表されました。
【もし】5月5日のリークがなかったら
この決算発表で公表する業績の将来見通しはどうなったでしょう。自分がゲーム運営会社の当事者だったら困ってしまいます。なぜなら通常通り、今までの業績推移をリニアに伸ばして成長を見込んで発表してしまったら、その後で規制が入ったときに株価は暴落し、投資家は「なぜ規制導入が不可避だったのに高成長を公表したのか」と言うでしょうし、会社及び経営陣は業績予想開示の法的責任を問われる可能性があります。
かと言って何も決定的な事実がないのに、規制を見込んで業績予想を低めにしました、とも説明しづらい。何をどれだけ禁止されるか/自主的に控えるかは決まっていないわけですから、業績予想を見込みようがないわけです。

なので、決算発表前に消費者庁の意向として景表法違反がリークされたことは、ゲーム運営会社にとっても「消費者庁がああ言っているのでコンプガチャ止めます」、「業績予想は出せませぬ」、「細かいことはこれから」と言えるかっこうの理由になったわけです。また連休中だったことで消費者庁もゲーム運営会社も直接の対応に追われることなく、そのショックがマーケットに織り込まれる時間が十分に確保されたました。ということで、連休中のリークは攻守双方にとって最後のチャンスだったという見方もあるかもしれませんね。


お気づきの点がありましたら優しくご教示願います。

<参考文献>
白石忠志『独占禁止法』有斐閣,2009
谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』他 角川書店
逢空万太『這いよれ!ニャル子さん』ソフトバンククリエイティブ

2012年5月5日土曜日

ソーシャルゲーム ガチャと景表法

<景表法違反?>
5月5日付 読売新聞朝刊が、消費者庁がソーシャルゲームのコンプリート・ガチャ(以下「コンプガチャ」)を景表法違反と判断したと報道している。もっとも5日お昼現在でもネット版の記事はなく、他社の追随報道も見当たらず(※)、連休中に新たな事実や判断が発生するものか、という疑問点も指摘されているが、いずれにせよ大きな反響を呼んでいることは間違いなく、2月に書いた当ブログのソーシャルゲーム・シリーズも改めてアクセスが増加している。
当ブログが、最近ソーシャルゲーム・シリーズはアップデートしていない、しかもこれらのエントリは今日問題になっている景表法への言及が少ない、という二点において検索経由で来ていただいた訪問者を落胆させていることは間違いなく、まったくもって日本人である筆者は訪問者の舌打ちが聞こえる気がして恐縮至極である。

この状況を打開するため、かつ一方でゴールデンウィーク中で網羅的に調べモノをする余裕がない、さらに過去エントリの内容を忘れつつある、という制約の範疇で、簡単に概況を要約しておきたい。

そもそもコンプガチャ問題の法的論点は、以下の通り。

1) 景品表示法(「景表法」)
2) 賭博罪(刑法185条)
3) 風俗営業法

当ブログのエントリを含め世の中で景表法よりも賭博罪での議論が盛り上がったのは、消費者庁自らが「ガチャは景表法の問題ではありません」と宣言した(と伝えられている)からである。
2月16日に消費者庁で開かれた「インターネット消費者取引連絡会」の会合で、参加者が「ガチャに景品表示法違反の可能性がある」などと指摘している。だが、消費者庁表示対策課は「ガチャは取引に付随する景品ではないので景表法の景品規制には該当しない」と特に問題視はしていない。(2012年2月25日付 日経電子版「行き過ぎたソーシャルゲーム」)
ゲームの中で行われるゲームの構成要素としてのガチャは景品ではない、と言われれば「まぁ、それはそうですなぁ」となるので、この時点で消費者庁の理屈は通っていたと言える。
というわけで、その後は賭博罪、それに付随して風俗営業法の適用が議論されてきたのである。

<回帰?>
ではなぜ、今。改めて景表法に話が戻ってきたのか。
筆者の推測では、このまま賭博罪と風俗営業法のロジックで詰めていくと被害が大きすぎる、と規制する側とされる側が合意したのだろう。賭博罪と風俗営業法は、国内のある一地方での不穏な動きを押さえるのに核兵器を使うようなもの。先人の知恵を借りれば「牛刀をもって鶏を割く」だ。なので、ひとまず当事者全員にとって受け入れられる現実的なところを目指しましょう、と。

となると、細かいことが気になる筆者としては「コンプガチャは景品ではなかっただろうに」と突っ込みたくもなるのだが、この点は、「いや、よく考えてみたらコンプガチャによってゲームの売上げが上がるんだから、顧客の誘引でしたな」という考え方もある、、、んだろう。

さらにもう一つ。
景品の定義は「経済上の利益」(景表法第2条3項)。
だから、コンプガチャを景表法上の景品と見なすということは、コンプガチャ(で得られるカード)が経済的価値を持つと公式に認めることになる。となると、仮に景表法上の「絵合わせ」問題をクリアしても、賭博罪と風俗営業法等の問題は引き続き残り得る、ということだ。逆に言えば、そちらを避けるには景表法でしっかりと対応してこの議論を収束させる必要がある。

one more thing.(しつこい?)
ソーシャルゲームでユーザが支払う、あるいはユーザ間でやりとりする対象はあくまでデジタルデータである。景表法であれ、賭博罪&風俗営業法であれ、モノではなくデジタルデータについて適用するには深い谷が横たわっている。それでもその谷を跳ばねばならぬなら景表法の「絵合わせ」の方が何かと何だ、という関係者の判断なのだろう。

冒頭で書いたように、景表法違反の取り扱いは未だ確認されておらず、実際には異なる結論になるかもしれない。しかし、もし今朝の報道の通りだとしても、それはそれで現実的な当面の(あくまで当面の)落としどころとしては悪くないのではないか、などと考える子供の日なのでありました。

いつも通り、お気づきの点がありましたら優しくご教示願います。


※5月5日の夕方に毎日新聞ウェブ版(毎日.jp)記事掲載。
携帯電話ゲーム:コンプガチャ 景品表示法抵触の可能性
※5月5日21時頃、日経電子版にも記事掲載
コンプガチャ、アイテム商法は違法 消費者庁

※5月7日 定義方法が分かりづらいため、ガチャとコンプガチャの表記を本文中で区別