2011年11月17日木曜日

オリンパス騒動 追加情報開示(2011年11月17日)

オリンパスが追加情報を開示(20111117日付「過去の損失計上先送り及び第2四半期報告書の提出に関する追加情報について」;以下「資料」)。昨日開催された金融機関向け説明会の資料でありその概要は既に報道されていてサプライズはないけれど、気づいた点をいくつか。

以前のエントリ(例えばオリンパス騒動 西部戦線異常あり?)で指摘したように、暖簾(のれん)に計上されている優先株買取の値上がり分$418M 20113月末現在,資料p.26)はやはり資産性が認められず費用処理されそう。ただし注意書きを見ると、大元の先送り損失を過去に遡って認識するようだから、この暖簾から費用に振り替える処理は今期ではなく過年度訂正に含まれることになりそうだ。その場合、300億円以上の損失が今期の損益には反映されず、ダイレクトに純資産が同額減少することになる。

最大の懸念だった、これ以外の暖簾費用処理が発生するかどうかについては資料を見る限り現存暖簾のほとんどがGyrus社であり、その資産性については変更なし、即ち追加の損失は発生しないとオ社は見ているようだ。20119月末のGyrus社の暖簾見込が1,204億円、もし上述の優先株買取分を差し引いて費用化すれば暖簾残高は900億円を切るので、伝え聞くとおりGyrus社の業績が比較的順調なのであれば、また20083月期のGyrus社暖簾が1,683億円だったことを考え合わせれば、この見込は希望的過ぎるとも言えない気がする。もちろん、最終的には新日本監査法人の判断次第。

現在遅延中の第2四半期報告書を期日の1214日までに提出するとのことだから、この点での上場廃止は遠のいたと言えるだろう。ただしそれとは別に虚偽記載等を東証がどう判断するかについてはなお予断を許さない。
また時節柄、反社会的勢力との関係などが出てくると一気に状況はオ社にとって厳しくなるだろうが、資料において明確に否定している(p.5)。
連結有利子負債も20113月末現在で6,488億円と高水準だが、これも頑張って返済を進め圧縮するとのこと(p.32)。

過去10年で一千億円を超える先送り損失を処理し(普通はこれができなくて破綻するんですが)、これからなお残る巨額の暖簾を償却しながら有利子負債を削減していくとは働き者の本業である。虐げられ搾取されているけど文句を言わない寡黙な良い子、みたいな。もちろん予定は未定ですから見込どおりうまくいくとは限りませんけれど。

2011年11月11日金曜日

オリンパス騒動 自白以上 決着未満

オリンパスが疑惑のGyrus社と国内3社買収(「本件買収等」)について抗弁をあきらめて不正を自白した(2011118日付「過去の損失計上先送りに関するお知らせ」)。それ以来、今まであんなに静かだった国内マスコミが大騒ぎを始め、筆者を含む一部のクラスタでは今さら感が盛り上がっている(下がっている?)今日この頃。

オ社が自白する前から本件疑惑は資金移動の手段であって目的は「何か」への対処だと主張していた筆者としては密かに鼻高々であるが、前向きに生きる限り過ぎたことは忘れてこれからに思いを馳せなければならない。

オ社が不正を認めたとはいえ、真相は未だ明らかになっていない中で、報道されている論調に違和感を感じる点を含め今現在思うところを記しておきたい。

<オ社が認めた内容を前提にすれば>
  本件買収等は既に生じていた過去の含み損処理であって、新たな損失を会社にもたらすものではない
  従って本件買収等支出の損害賠償を求める株主代表訴訟は成立しない
  過去の含み損がすべて処理されたのであれば、不正会計による追加損失は生じない
  従って(過去はともかく)現時点の株価は本件買収等で歪んでいない
  ただし不正会計とは別にのれんの減損はあり得る
  少なくとも優先株買取でのれん計上したという$443Mの資産性は疑問
  上場廃止は重要な問題ではあるが、事業継続の観点ではクリティカルではない

ちなみにオ社は2008年度から2011年度の4年間で、のれんを合計1544億円ほど損失処理している(有価証券報告書より)。これは報道されている過去の損失先送り額とほぼ同等であり、先送りしてきた損失をすべて処理したという見方と整合的である。
もう一つは、本年のウッドフォード氏の社長起用である。何度も指摘してきたように、一連の本件買収等スキームでは機関決定や開示等の「外観上の手続適正性」に非常に気を配っている。もし2011年以降に本件買収等のような過去の不正処理を行うとすれば取締役会決議は避けて通れず、そうならわざわざ文化的部外者のウ氏を取締役会に招き入れることはない。たぶん菊川氏は「うしろめたい過去の処理は済んだ」と考えてウ氏を抜擢したのだろう。そこにはビジネスをグローバルに発展させる意図も含まれていたのかもしれない。

本件買収等で捻出した資金がすべて過去の損失処理に使われその処理が完了したのであれば、本件買収等の支出も既に損失処理されているので、20113月期の損益は正しく表示されていることになる。となると虚偽記載によって株価が不当に高く維持されたという歪みは存在せず、投資家は虚偽記載による損害を受けていない(ブランドの毀損は別)。かつて山一証券が損失を隠しきれない、処理できないで自主廃業に追い込まれたのとはそこが異なる。
それ以外に追加の損失は出ないのか。たぶんそこが現時点の最大のポイントだろう。本件買収等についてはほとんどが損失処理されているようだが、のれんに計上されたという優先株買取の値上がり相当分$443Mは資産性に疑問があり追加損失となる可能性が高い。残りののれん1300億円相当の資産性がどう判断されるか、第三者委員会、いや新日本監査法人の判断次第である。

こう考えると、過去の重大な虚偽記載事例と区別なく騒ぎ立てる報道には違和感を覚えなくもないのである。もちろん第三者委員会やその他の捜査でより重要なネガティブインパクト、例えば公表事実以外の損失、本件買収等に関する法令違反やコンプライアンス違反が発覚する恐れがあるから、楽観視してはいけない。

2011年11月6日日曜日

オリンパス騒動 コーポレート・ガバナンス(社外取締役編)

ところでオリンパスのコーポレート・ガバナンスはどうだったのか。
気になる取締役会構成を見てみると201111月時点で取締役人数は15人、うち社外取締役は3人であるから、会社規模を考えれば日本企業としては進んでいる方と言えよう。遅れていると評される伝統的/典型的日本企業の取締役会は人数が多く、社外取締役がいないか、いても1人だ。

社外取締役導入で進んでいたオ社がこのような問題を起こすと、「社外取締役を導入すれば日本企業のコーポレート・ガバナンスは向上する」という主張はどうなっているんだ、という疑問が生じるのが道理である。
筆者は常日頃、お仕事を通じてコーポレート・ガバナンスにおける社外取締役の有用性を理解しているつもりなので、オリンパス騒動で「社外取締役なんて不要説」が盛り上がらないように先手を打っておきたい。

まず3社買収(株式買増し)を決定した20082月の取締役会において、当時の社外取締役は(なんと!)1999年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・エー・マンデル氏と元通産省及び元資源エネルギー庁長官の豊島格氏の2人である。この2人が当該取締役会に出席したかは明らかではないが、仮に出席していたとして3社の買収について経済学者と元官僚にとって会社から配布された乏しい資料で、かつ形式上は第三者の算定書のエンドースがあると言われれば反対することは難しかったであろう。さらに会計面は監査法人が事前であれ事後であれ責任をもってチェックするという期待が一般に取締役に存在する。
そもそも社外取締役に期待されているのは、厳密に言えば取締役会の中で少数派にとどまる社外取締役に期待されているのは、プロセスの適正性担保である。限られた情報ではあるが一連のオ社の社内手続を見る限りプロセスの外観上の適正さ確保にはかなり気を使っており、それは彼ら社外取締役がいたからこそと言えるのかもしれない。

次に20103月に$620Mで優先株を買取りすぐに支払うことを取締役会で決議した時、社外取締役は3人だった。藤田力也氏(医師,病院院長)、林純一氏(元野村証券,アイ・ティー・エックス監査役)、千葉昌信氏(元日経新聞,元日経BP専務取締役)である。この3人も当該取締役会に出席していたかは明らかではないが、出席していたとして話を進めよう。まずM&Aにからむ優先株の買取となれば元野村証券の林氏の経験を活かした厳しいチェックを期待したいところであるが、林氏が監査役を務めているアイ・ティー・エックス社はオ社の子会社であり、従って林氏はオ社グループの役員なのだから独立した立場で監督ができるのか疑問がある。会社法の規定上、子会社の取締役は社外取締役になれないが、監査役はokという取扱いに問題はないのか。
藤田氏は医師であり病院関係者だからオ社の本業と密接な関係があると推測される。実際、オ社は藤田氏が理事長を務める財団法人に寄付をしていたことを2007年の訂正報告書で報告している。これについても子会社役員同様、会社と取引関係等がある組織からの取締役は社外取締役に含めるべきではないという会社法を巡る議論がある。
千葉氏については独立性について一見問題がなさそうに見えるが、千葉氏が20116月に社外取締役を退任した後、同じく元日経、元日経BPの来間紘氏が入れ代わりで選任されているところを見ると、これはオ社と日経グループとの何らかの関係に基づく選任と疑われても仕方がない。となるとやはり独立性を期待できないのは前述の千葉氏と同様である。

ちなみに齋藤(2011)によれば、日本がその後を追っている米国で最も一般的な社外取締役は他社の現役経営者であり、米国のみならず欧州各国を含めて取締役会の過半を社外取締役が占めることが多いという。他社経営者が選ばれるのは形式の適正性だけでなく議題の中身、具体的には投資計画の妥当性やリスク回避策等にまで立ち入って判断することが期待されており、また取締役会の過半を占めるのはいつでも経営陣を更迭できるという現実のプレッシャーを持つことが重要であることを意味している。
まぁ、逆に日本の現状とは離れすぎていて、それゆえ日本企業がこの方向性(欧米型取締役会導入)を警戒し過敏になっている面がなきにしもあらず。それにこの欧米型取締役会構造の背景にあるのは、プロとしての経営者市場、それを支える高額報酬、経営の共通言語としてのMBA等の教育、などなど他の制度や習慣と補完的なシステムなので、そう簡単に一部だけ取り入れることはできないのだ。「だから日本社会全体の変革を、、、」云々は神学論争になるのでここでは立ち入らない。

オ社取締役会は2008年の時点では、経営者ではないにしろ独立性という意味では問題がなかった元官僚、著名経済学者を擁していたのに、2010年時点では人数こそ2人から3人に増えたものの、3人全員が会社との独立性が疑われる状態に劣化していた。
このガバナンス劣化が同時期に進行していた疑惑の買収等に絡んで経営者によって意識的になされたものかどうかはわからないが、仮にもしそうだとしたら社外取締役推進派には朗報だ。なぜなら

たとえ他社経営者(プロ経営者)ではなくても独立した社外取締役の存在は形式面の適正性担保として機能するだけでなく、その存在のもとでは不合理な案件を押し通しにくいので不合理な案件を予期する経営陣は社外取締役の独立性を緩めるインセンティブを持つ。従って社外取締役の定義を厳しくし実質的な独立性を確保することがコーポレート・ガバナンスに有効

という格好の事例になるからである。

今日の教訓:
コーポレート・ガバナンスに社外取締役が無意味なのではない。むしろ実質的独立性確保を強化すべき。

<参考文献>
齋藤卓爾「日本企業による社外取締役の導入の決定要因とその効果」宮島英昭編『日本の企業統治』東洋経済新報社,2011

20111109日 一部加筆